論文レビュー

起業の質と量を最適化する規制のバランスとは

76カ国・約92万人のデータを分析。手続きの複雑さは適度なら市場を守る「守り神」だが過剰だと「邪魔者」となり、イノベーションと逆U字の関係。同じ規制でも量と質で効果が異なる。

2026.02.04 約5分で読めます

論文紹介Audretsch et al. (2024) · Research Policy

研究背景

多くの国で、経済成長のエンジンとして起業が促進されている

目指すべきは起業家の数を増やすことか(量が目標)、それとも革新的なビジネスを生み出すことか(質が目標)

この研究の問い:
「起業に関する規制やルールにおいて、1) 金銭的コストと2) 手続きの複雑さが、起業の量と質にそれぞれどのような影響を与えるのか?」

研究チームは2008年〜2017年にかけて76カ国、約92万人(うちイノベーション志向の起業家5.1万人)の個人レベル・データと、国の規制に関するデータを組み合わせて分析

キーコンセプト解説1:起業の量と質

1. 起業の量:
事業を準備中または開始して間もない人の割合(Total Entrepreneruial Activity)

2. 起業の質:
イノベーション志向の起業。新しい製品やサービスを市場に提供している起業家の割合

キーコンセプト解説2:お金の壁と手間の壁

この論文は、起業家が乗り越えなければならない規制の「壁」を、性質の異なる2種類に分けて分析:

1. 金銭コスト(お金の壁):
事業の設立や運営にあたり、直接、現金で支払わなければならない金銭的な負担

例:会社設立時の登録免許税 / 事業利益にかかる法人税率 / オフィスの不動産登記にかかる手数料

2. 手続きの複雑さ(手間の壁):
お金では直接解決しにくい、時間や労力、精神的な負担

例:会社設立のために必要な手続きのステップ数 / 年間の納税回数 / 取引先が代金を支払わない時に、裁判で決着がつくまでの平均日数

-> 前者は「いくら払うか」という資金力の問題、後者は「どれだけの手順を踏み、どれだけ待つか」といった時間と忍耐力の問題

発見1:手続きの複雑さは、ほどほどが良い

手続きの煩雑さ(手間の壁)と、起業の質(イノベーション)との間には逆U字カーブの関係

手続きが簡単過ぎても、過剰に複雑でもイノベーションを阻害することを示唆

1. 手続きが「守り神」として機能する場合:
適切な手続きが存在することは、イノベーションの土台となる

例えば、知的財産を保護するルールや、取引先との契約を法的に保証する仕組みが整備されていれば、起業家は安心してリスクを取り、大胆な挑戦が可能

逆に、こうした保護やルールが不十分な無法地帯では、アイデアを盗まれたり、契約を反故にされたりするリスクが高まる

これでは、長期的な視点が必要な革新的な事業に、安心して投資することはできない

-> ある程度のルールの複雑さ・手間は、市場の公正さを保ち、イノベーションを守る守り神の役割を果たす

2. 手続きが「邪魔者」として立ちはだかる場合:
一方で、手続きがその適正な水準を超えて過剰になると、今度はイノベーションの足かせとなる

特に、資金や人材が限られるスタートアップにとって、煩雑な書類作成や多くの許認可プロセスに時間とエネルギーを奪われることは死活問題

本来、新製品開発や市場開拓に注ぐべきリソースが、本業とは関係のない手続きに浪費されてしまう

-> この段階では、手続きはイノベーションを阻む「邪魔者」となる

ポイント

手続きが簡単過ぎる(=市場を守る『守り神』がいない)状態でも、過剰に複雑な(=起業家の足かせとなる『邪魔者』が多すぎる)状態でも、イノベーションは阻害されることを示唆

発見2:金銭コストの影響は単純な「障害」ではない

金銭的なコストが起業に与える影響は、コストの種類によって異なり、単純に「低ければ低いほど良い」とは言えない

例えば、納税コストは、ある水準まで起業の質を高めるが、それを超えると逆に質を下げるという逆U字の関係

一方で、財産登録コストは、コストが低い状態から増えると質が下がり、一定水準を超えると再び質が上がるというU字の関係を示した

また、倒産処理コストは、極端に低い水準で起業の質が最大化されることが示唆された

-> 金銭コストの影響は一様ではない。コストの種類によっては、ある水準までイノベーションを促進する効果(逆U字)や、逆に一定水準まで阻害する効果(U字)が見られ、単純にコストは低いほど良いとは断定できないことを示唆

発見3:量と質で異なる規制の効果

同じ規制でも「量」と「質」への影響が異なる

例: ある程度の手続きは、質の低い製品やサービスが市場に出回るのを防ぐフィルターとして機能し、結果的にイノベーション志向の起業の割合(質)を高める可能性

一方で、手続きが起業全体の数(量)に与える影響は単純ではない

事業開始の手続きは、ある程度までは起業の量を増やすが、それを超えると減らす逆U字の関係

さらに、倒産処理や財産登録の手続きでは、手続きが少ない状態から増えると起業の量が減り、一定水準を超えると再び起業の量が増えるというU字の関係も示された

→ 手続きがほとんどない状態や、逆によく整備された状態に比べて、中途半端な複雑さが最も起業活動を抑制することを示唆

まとめ

✅ 規制/ルールの煩雑さは、起業の質(イノベーション)に対し逆U字の効果

✅ 規制/ルールを守るコストは、起業の質・量ともに多くの場合で負の影響を与えるが、一部では逆U字の効果も見られる

✅ 政策目標(量か質か)によって、最適な規制のあり方は異なる

書誌情報

Audretsch, D. B., Belitski, M., Chowdhury, F., & Desai, S. (2024). Regulating entrepreneurship quality and quantity. Research Policy, 53(2), 106466.

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