「女性の価値」という危険な問い──「儲かる多様性」の論理を超えるインターセクショナル理論
「女性役員は業績を上げる」という発想は女性をステレオタイプ化し権力構造を温存しかねない。インターセクショナリティの視点から、構造的障壁の認識・解体・統合という変革プロセスを提案する理論研究。
2025.11.26 約4分で読めます
「女性の価値」という危険な問い—「儲かる多様性」の論理を超えて
はじめに:この論文の主張
「女性役員の登用は企業業績を向上させる」——この「多様性は儲かる」というビジネス視点の発想は、女性をステレオタイプに押し込め、既存の権力構造を強化しかねない。
近年、「ジェンダー・レンズ投資(GLI)」など、女性の活躍を経済的リターンに結びつける動きが活発だ。
しかし、様々な研究を分析した複数のメタ分析結果によれば、女性役員の存在と企業業績の間に明確な相関関係は実証されていない。
論文は、このビジネス視点の前提そのものを問い直す。
キーコンセプト解説:インター・セクショナリティとは?
これは、ジェンダーだけでなく、人種、階級、性的指向、障害の有無といった複数のアイデンティティが交差することで、個人が経験する差別や抑圧のあり方が独自のものになる、という考え方。
同時に、そうした不平等を永続させている「社会構造や組織の慣行そのもの」に目を向ける視点でもある。
論文は、アイデンティティの交差を認識するだけのアプローチを「弱い」インターセクショナリティと位置づけ、不平等の背景にある構造そのものを問い直す「強い」インターセクショナリティ、すなわち構造的アプローチこそが重要だと主張する。
主張1:「儲かる」という理屈による女性の画一化
「多様性は儲かる」という理屈は、女性を、将来の収益性を期待して価値が計算される「投資可能な資産」と見なす(資本化)
さらに、その際「女性はリスク回避的」「協調性が高い」といったステレオタイプな女性像を前提としがち。
これは、多様な背景を持つ女性たちを一枚岩のグループとして扱い、(🇺🇸などを例に取ると)結果的に「白人・異性愛者・健常者・富裕層」といった特定の女性像を強化し、そこから外れる多くの女性を排除するリスクが高まる。
主張2:構造的・制度的な障壁を見過ごす問題
経済合理性を追求するアプローチは、単に「女性を組織に加える」ことに関心が向きがちで、「なぜそもそも女性が排除されてきたのか?」という構造的な障壁には目を向けない。
これは、多様性推進という目標と、それを達成するための手段が乖離する「デカップリング」を生みやすい。
オーケストラにおけるブラインド・オーディションが良い例だ。この試みは、審査員の性別バイアスという障壁を取り除き、「白人女性」の採用を増やした。
しかし、「有色人種の女性」の採用は増えなかった。
論文は、その原因がオーディション会場への旅費といった経済的負担など、オーディション以前に存在する別の「構造的障壁」にあると指摘する。
-> 一つの障壁を取り除くだけでは、他の障壁によって阻まれている人々を救えず、新たな排除を生む可能性がある。
提案:インター・セクショナルなアプローチへの転換
著者らは、真に女性を尊重するための3段階の反復的プロセスを提案する。
(1) 認識:
抑圧されてきた当事者の声に耳を傾け、組織内の構造的障壁を認識する。
その際、当事者が自らの経験を語り、組織を教育させることを「仕事」とみなし、当事者が障壁を特定する行為自体に公正な対価を支払うべき。
(2) 解体:
既存の権力構造や慣行を批判的に検証し、それらを解体する。
これまでの意思決定者と同じメンバーによる、これまでと変わらない方法での解体は不可能である。
論文は思想家オードリー・ロードの「主人の道具では、決して主人の家を解体できない」という言葉を引用し、真の変革には権力の移行が不可欠だと強調。
(3) 統合:
多くの企業は、マイノリティに既存文化への適応を求める「同化」や、その特性を特定の役割に限定して活用する「分化」というアプローチをとってきた。
しかし過去の研究において、これらの手法はマイノリティをステレオタイプに閉じ込め、その貢献や機会を著しく制限してしまうこたが指摘されている。
よって、これまで排除されてきた人々を「他者」としてではなく、「私たち」の一員として組織のあらゆるレベルに統合していくアプローチが重要。
結論:「儲かる多様性」の論理を超えて
「多様性は儲かる」という論理は、女性を画一的なステレオタイプに押し込め、結果として既存の権力構造や階層を温存しかねない。
解決の鍵となるのが、インターセクショナリティの視点だ。
多様な女性たちの経験に耳を傾け、組織に根付く構造的な障壁そのものを認識し、解体していくことの重要性を本稿は力強く論じた。
書誌情報
Kaufmann, L., & Derry, R. (2024). ON VALUING WOMEN: ADVANCING AN INTERSECTIONAL THEORY OF GENDER DIVERSITY IN ORGANIZATIONS. Academy of Management Review, 49(4), 775–798.
