デザイン思考イノベーションマネジメント

ドラッカーの理念「人間中心マネジメント」が息づくドラッカースクールでは、何を教えているのか:鼎談01

第1回「イノベーションとマネジメント教育」山脇秀樹×藤田勝利×柏野尊徳

ドラッカーの理念「人間中心マネジメント」が息づくドラッカースクールでは、何を教えているのか:鼎談01

2019.02.04

山脇 秀樹

山脇 秀樹

ピーター・ドラッカー経営大学院

藤田 勝利

藤田 勝利

PROJECT INITIATIVE

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柏野 尊徳 | Takanori KASHINO

アイリーニ・マネジメント・スクール

Image by Jeff McNeill [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

アメリカやヨーロッパの企業に比べて、なぜ日本の企業はイノベーションで遅れを取っているのか。イノベーションを起こすためには、どのようなマネジメント教育が必要なのか。2019年1月18日、ハーバード大学出身でドラッカースクール前学長の山脇秀樹教授、ドラッカースクールで学んだ経営コンサルタントの藤田勝利氏、アイリーニ・マネジメント・スクールの柏野尊徳が、イノベーションとマネジメント教育について語り合った。その様子を4回にわたってお伝えする。第1回は、ドラッカースクールは何を教えているのかを、山脇教授と藤田氏に聞いた。

 

 

経済学からデザイン思考へ

柏野 イノベーションとマネジメント教育の関係について話を進める前に、まずはお二人がドラッカースクール(※1)に関わるようになった経緯を伺いたいと思います。山脇先生は博士号は経済学(ハーバード大学)ですが、どのような流れでドラッカースクールでデザイン思考を教えるようになったのでしょうか?

 


山脇秀樹

山脇 秀樹 (Hideki Yamawaki, Ph.D)
慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学修士課程修了。1982年ハーバード大学経済学博士号取得。ベルギーのルヴァーン大学経済学部教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院客員教授を併任。2000年よりカリフォルニア州クレアモント市にあるクレアモント大学群(The Claremont Colleges)のピーター・ドラッカー経営大学院教授・伊藤チェアー基金教授。2006年度より同校副学長、2009-12年度に学長を務める。専門領域は国際貿易・直接投資・国際企業戦略並びに産業組織。欧米のビジネススクールにおける初の日本人学長。


山脇  1982年から97年までベルリンの研究所とベルギーの大学では、国際経済学と産業組織論、企業の競争論が研究課題でした。

そのあとのUCLAアンダーソン経営大学院では客員教授として国際経済と国際ビジネスを担当しました。最近の傾向としては、国際ビジネスの分野がビジネス・スクールのカリキュラムの中であまり重要視されていませんが、グローバリゼションの軸となる多様性の理解という重要な内容を含む分野ですので、また最近取り組んでいます。

経済学から入っていますから、概念と枠組みを主体に教えていたのですが、2000年にドラッカースクールに移ってからはグローバルストラテジー(世界戦略論)、ストラテジー(戦略論)を経て、デザイン思考を教えるようになりました。

柏野   ストラテジーは、経済学をバックグラウンドにしたものでしょうか。

山脇  そうです。いわゆるマイケル・ポーター(※2)流のストラテジーですね。マイケル・ポーターと私の指導教授は同じです。リチャード・ケイブス(※3)というミクロ経済学の一分野である産業組織論の教授で、市場構造と企業間競争の実証分析を重視していました。

柏野 ポーターと一緒に競争戦略の土台となる考えを提唱した方ですね。

山脇  ちょうどその頃、インターネット、eコマース等のIT関連のイノベーションが起こって、世界の流れがアントプレナー志向になってきました。すると、経済分析の手法に基づいた競争戦略論だけでは説明できないことが多くなったのです。

経済学プログラムを提供するハーバードGSAS (Graduate School of Arts and Sciences) 
Image by Vegasjon [CC BY-SA 3.0], from Wikimedia Commons

それでドラッカースクールに移って3年目の2003年に、ロサンゼルスの北にあるパサディナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(※4)に行って、当時トランスポーテーション・デザイン学部の学部長をされていた奥山清行さん(※5)に話を聞いて、授業を見せてもらいました。奥山さんはその後日本に戻られましたが、他の方からも話を聞きながら、アートセンターのデザインスクールと一緒にいろいろなことを始めたのが私のデザイン思考の始まりです。

最終的には2013年にドラッカースクールとアートセンターとのコラボによるジョイント・ディグリー・プログラム(※6)を作りました。デザイン思考と競争戦略の融合を図るコースです。

3年間のプログラムで、最初の1年はアートセンター、2年目はドラッカースクールで学び、3年目はプロジェクトに取り組みます。2つの学位が取れて、授業料は2つを別々に取るよりも安いというものです。プログラムを始めてもう6年になります。

マネジメントを学ぶためにドラッカースクールへ

柏野  藤田さんは、ドラッカースクール時代に山脇先生の授業も取っていたのですか。

藤田  山脇先生の授業はストラテジーをメインに履修させていただきました。グローバルエコノミーの授業は聴講だけです。在学したのは2002年から04年なので、その当時はまだ、デザイン思考の授業はありませんでした。

山脇  私もまだその頃は知りませんでした(笑)。

柏野  藤田さんはどのようなモチベーションを持って留学されたのですか。

藤田  新卒で入社したのは住友商事でした。3年目にアクセンチュアに転職して、チェンジマネジメントという組織変革のチームでコンサルティングをして、その後先輩たちが立ち上げたベンチャーに就職しました。


藤田 勝利 (Katsutoshi Fujita)
1996年上智大学経済学部卒業。住友商事、アクセンチュアに勤務後、アクセンチュアの先輩が立ち上げたベンチャー企業に参画。2002年からピーター・ドラッカー経営大学院に留学、04年に経営学修士号を取得。専攻は経営戦略論とリーダーシップ論。帰国後は2社の組織変革プロジェクトに従事。IT系企業の立ち上げと経営に参画後、2010年に経営コンサルタントとして独立。「マネジメント」「イノベーション」を軸に、次世代経営リーダーの育成と、コンサルティングとコーチングを融合した独自の「経営教育事業」を展開している。


その会社で経営者をクライアントにして仕事をしているうちに、経営やマネジメントの本質をもっと学びたいと思うようになったのが留学のきっかけです。それが30歳くらいの頃ですね。

柏野  ドラッカースクールは、自分で探したのですか。

藤田  いろいろなビジネススクールを調べてみました。ほとんどの学校は「ファイナンスには有名な教授がいる」「ITの分野で有名な授業がある」と、マネジメントの部分的な話だったり各論のことばかりを強調しているように見えて、違和感を覚えました。

探しているうちに、ドラッカーの思想と理念が反映された小さな経営大学院があることを知りました。それがドラッカースクールでした。しかも「我々はマネジメントを教える」とうたっている。それで迷わず出願しました。

柏野  実際に学んでみて、ここが転換点だったと思う学びはありますか。

藤田  ヒューマン・サイド・オブ・マネジメントの考え方を体系的に学べたことは大きかったですね。アクセンチュアやベンチャーで働いている頃は、数字ばかりを重視して、持続的に利益を上げられる会社がいい会社だ、という考えを持っていました。

ところがドラッカースクールでは、ヒューマン・サイド・オブ・マネジメントをテーマにいろいろな授業が組み立てられていたのです。ヒューマン・サイドというのは人事論ではなくて、人間のことを指します。

山脇先生のストラテジーの授業も、ITの授業も、経済の授業も、どこかで人間というテーマが重視されていました。数字を伴う結果を生み出すために、人間や社会をどのように動かしていくのかを体系的に学べたことはよかったと思います。いまはデザイン思考がプラスされて、さらにパワーアップしているのでしょうね。

デザイン思考のプロジェクトを試行錯誤しながら確立

柏野  山脇先生は、デザイン思考のプロジェクトをどのように進めてきたのですか。

山脇  最初のプロジェクトは2004年です。どこにいくにも時間がかかると言われた、ロサンゼルスのモビリティーの問題を解決するプロジェクトを、アートセンターの教授と共同で取り組みました。

2009年には後のディグリー・プログロラムのプロトタイプとして、MBAの学生6人と、アートセンターの学生8人で、スターバックスのプロジェクトをやりました。当時流行し始めていた、ネスレのネスプレッソに対抗するマシンをデザインしてほしい、という依頼でした。

Image by John Anderson [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

実際にプロジェクトを進めてみると、MBAとデザインスクールの学生では目の付け所が全く違うことに気づきました。MBAの学生は競争戦略をまず考えますが、デザインスクールの学生はスターバックスで数時間過ごして、まず人を観察し、写真を撮って、メモを取ってくるという具合です。

柏野  導入の手法が全く違うのですね。

山脇  ディスカッションしてもあまりうまくいきませんでした。でも、うまくいかなかった部分については想定の範囲内でした。

2010年にも同じようにMBAとアートセンターの学生で、別のプロジェクトをやってみました。パサディナの公共ラジオ局を、5年先、10年先も聴いてもらうための戦略を考えるというものです。当時公共ラジオ局は州政府と連邦政府からの補助金が減って、生きる道が閉ざされつつある状況でした。それで非営利団体でありながら、お金を払って聞いてくれる利用者をいかに見つけるかという戦略を考えました。

この時はうまくいった方でしたが、最後はやはり一つのチームでMBAとアートセンターの学生の間で意見が分かれて、それぞれが全く別のスライドを作ってしまいました。何とかマッチングさせたのですが、異なるアプローチを噛み合わせていくことの重要さがよくわかりました。

柏野  そこからうまく回り始めたのでしょうか。

山脇  その次のスマートハウスのプロジェクトはうまくいきました。この時は、あるところまではグループで話して、具体的なシナリオは個人で作る、という方法をとりました。すると、逆に個人同士がくっついてグループができたりしました。

つまり、個人によって息が合う、合わないといったことがあるので、グループを押し付けるよりも、個人でやるかグループでやるかを自由に選べるようにした方がうまくいったのです。

同じ頃、日本の大手電機メーカーの製品開発部門のリーダーのチームと製品開発のデザインストーミングにも取り組みました。アートセンターでは、学生の考えたアイデアの知的財産権は全てその学生個人に帰属することになっていまして、企業がそのアイデアを使いたい場合、学生にお金を払って権利を取得するか、交渉が必要になります。

柏野  面白いですね。

山脇  それで2日間のデザインストーミングはその企業のコンサルティング・プロジェクトとし、企業がコンサルティング代を学生に支払い、創出したアイデア全部をその企業が使えるという形で行いました。

いろいろ試行錯誤しながらプロトタイプをつくって、いいものを選んでいくという方法です。未完成でもいいから、あとで改善するという形をとったので、時間的にも早く進めることができましたね。

3回実施して、手応えをつかんだことで、先程お話したディグリー・プログラムの立ち上げにつながりました。

ビジネスには哲学やアートも必要

柏野  藤田さんが受けた授業で、そういった内容のものはありましたか。

藤田  まだそういう授業はありませんでしたが、休み時間に山脇先生のオフィスに質問に行くと、フィロソフィーやアート的なものがますますビジネスに必要になる、ということを話されていました。その考え方が、デザイン思考の原型だったのかなと思いますね。

特に最近思い出すのは、倫理ジレンマという授業です。法律的にアウトではないけれども、美意識を問われるような課題に直面したときに、リーダーとしてどう解決するのかを考えるのですが、これが答えが出なくて(笑)。徹夜で予習をして臨むのですが、ディスカッションが延々と続きました。

結局は自分が持っている基軸によって解決するしかないのですが、その時に哲学もアートも必要だと痛感しました。

柏野  哲学もアートも、広い意味で役に立つということでしょうか。

藤田   役に立っていますね。一つの事象について、人間的側面、文化的側面、倫理的側面、それに経済的側面などから多面的に見ないと、答えが出ないということをよく感じます。

数字は上がっているけれども人間的側面が死んでいる、ということがありますよね。例えば、DeNAがキュレーションサイトで信憑性が疑われる記事や転用した記事を掲載した事件もそうですし、まだ全容はわかりませんが、カルロス・ゴーンの事件もそうかもしれません。

ドラッカーは「マネジメントはリベラルアーツだ」と言っているだけあって、ドラッカースクールでは当時から本質的なことを議論していたなと、改めて感じています。

柏野  マネジメントにはリベラルアーツが必要というお話が出てきましたので、次回は欧米のリベラルアーツについてお話を伺いたいと思います。

-> (続き)第2回:欧米のリーダーを生むリベラル・アーツとは

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柏野 尊徳 (Takanori Kashino)
慶應義塾大学総合政策学部入学後、3年次に1年間飛び級し同大学院政策・メディア研究科修士課程へ入学・修了。専攻はイノベーション・マネジメント。4回の起業と17回の新規事業創造を経験。スタンフォード大d.schoolにて、イノベーション手法:デザイン思考を学ぶ。同大学発行の関連テキストや動画、計7教材を監訳し、Web上で無料公開。累計ダウンロード数は16万部超え。岡山大学大学院で3年間の講義を担当後、2013年に一般社団法人Eirene Universityを設立、代表理事就任。スタンフォード大講師との共同トレーニングコース提供や、新事業/製品/サービス開発のコンサルティング、企業研修を実施。


脚注

  1. ドラッカースクール  正式名称はThe Peter F. Drucker and Masatoshi Ito Graduate School of Management(ピーター・ドラッカー経営大学院)。カリフォルニア州クレアモント市にあるClaremont Graduate University (略称:CGU、1925年創立)を構成する10の学部の1つとして1971年に設立。少人数のクラスで、ピーター・ドラッカーの理念 “Human Centered Management”を体現したMBAプログラムを提供している。
  2. マイケル・ポーター(1947ー )ハーバード大学経営大学院教授。史上最年少でハーバード大学の正教授になった。
  3. リチャード・ケイブス(1931ー )ハーバード大学教授。貿易・多国籍企業論の大家。
  4. アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン  Art Center College of Design。カルフォルニア州パサディナにある非営利の私立美術大学。
  5.  奥山清行(1959ー )工業デザイナー、カーデザイナー。KEN OKUYAMA DESIGNのCEO。Ken Okuyamaの名前で世界で活動している。
  6.  ジョイント・ディグリー・プログラム  複数の大学が共同で共通の学位を授与する制度。

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