必修の「起業家教育」は起業家を育てるのか──効果は短命、真の価値はキャリア・マッチング
オランダの経営学部生450人を追跡した準実験。必修起業家教育は起業行動を一時的に増やすが効果は授業直後に限定。むしろ起業の現実を知り適切なキャリア選択を促す機能に価値がある。
2025.12.29 約4分で読めます
必修の「起業家教育」は起業家を育てるのか?
研究の背景
「起業家教育によって起業家は増える」―世界中の大学や政府など、教育関係者が関連科目を導入している
起業家教育の効果に関する研究は多いが、その多くは自主的に受講する学生を対象としていた
-> そのため、教育の効果なのか、もともと起業意欲の高い学生が受講した結果なのかを区別できない「自己選択バイアス」の問題が
本研究は、この問題を克服するため「必修授業」に焦点を当て、次の問いに答える
- 必修の起業家教育は、学生の起業行動を促すのか?
- もし効果があるなら、それは「いつ」「どのような行動」に対してなのか?
キーコンセプト解説:社会認知的キャリア理論
本研究の理論的土台は「社会認知的キャリア理論(SCCT)」
これは、人のキャリア選択が「(教育などの)経験 → 自己効力感や意図 → 行動」というプロセスを辿ると考える理論
必修の起業家教育が、まず学生の「自分も起業できるかも(自己効力感)」や「起業したい(意図)」に影響し、それが実際の「起業行動」につながる、という流れを予測
研究手法:フィールド準実験
実験群:
必修の起業家教育コースを受講したオランダの経営学部生
統制群:
同じ大学で、ほぼ同一のカリキュラムを履修する国際経営学部の学生: 必修の起業家教育の代わりに異文化経営論を受講
追跡調査:
授業前、授業直後、8ヶ月後、24ヶ月後の計4回にわたり、450人の学生(計1,387観測)のデータを収集
発見1:必修起業家教育の効果は短命
必修の起業家教育は、短期的には学生の起業行動を増加させる
しかし、その効果は授業直後に限定される
→ 授業から8ヶ月後、そして24ヶ月後には、その効果は統計的に有意ではなくなっていた
発見2:どんな行動が増えたのか?
起業行動を「初期段階(アイデア想起など)」と「実行段階(法人設立など)」に分けて分析したところ、必修の起業家教育は授業直後に両方の段階の行動を有意に増加
これは、単なる思いつきだけでなく、より具体的な行動をも促す即時的な効果があることを示唆
発見3:起業意図はむしろ低下
必修の起業家教育を受けた学生は、受けなかった学生に比べて起業意図が低下する傾向
-> 一見矛盾した結果について著者らは、授業を通じて起業の現実や厳しさを学んだ結果、「自分には向いていない」と判断、より現実的なキャリア選択を行う学生が一定数いる可能性を指摘
補足的発見:結果の再現性を確認
この準実験の結果が他の集団にも当てはまるかを確認するため、米国の若年層(18-30歳、学士号以上取得者)を対象とした追加のフォローアップ調査も実施
その結果、起業家教育を受けた人は受けていない人よりも、卒業直後と調査時点の両方で起業行動が活発であることを確認
これは、準実験で見られた短期的な効果とは異なり、より持続的な関係を示唆
この違いは、自ら起業家教育を選択するような意欲の高い層と、必修で受講する層との間の意識の差を示唆しているのかもしれない
この研究の意義と示唆
政策担当者へ:
一度の必修授業だけで長期的な起業家育成は期待できない。持続的な支援やフォローアップが不可欠
教育者へ:
必修の起業家教育の価値は、単に起業家を「増やす」ことだけにあるのではないかもしれない
むしろ、起業意図を低下させる効果が示すように、学生に起業の現実を知らせ、より適切なキャリア選択を促す「キャリア・マッチング」の機能こそが、その真の価値である可能性
まとめ
必修の起業家教育について:
✅ 学生の起業行動を増加させるが、その効果は短期的なものに限られる
✅ 授業直後には初期・実行両段階の行動を促す即時効果を持つ
✅ 一部の学生にとっては、キャリア選択のミスマッチを防ぐ効果も示唆
✅ 真の価値は、起業家を量産することではなく、学生が自分に合ったキャリアを見つける手助けをすることにあるのかもしれない
書誌情報
Smolka, K. M., Geradts, T. H. J., van der Zwan, P. W., & Rauch, A. (2023). Why bother teaching entrepreneurship? A field quasi-experiment on the behavioral outcomes of compulsory entrepreneurship education. Journal of Small Business Management, 1-57.
