この記事は、「問いを立てる力」を高める方法を解説しています。問いの種類や、問いを立てる力を構成する3つのスキル「観察」「言語化」「視点操作」について説明し、それらを実践的に鍛えるツール「ワイ・ハウ・ラダー(Why-How Ladder)」の使い方を紹介しています。合わせて、チームや組織でこのツールを活用する際のポイントにも触れ、問題解決力を高めるための具体的な方法を提示しています。
1. 問いを立てる力とは?
1.1 問いを立てる力が生み出す価値
ビジネスパーソンとして欠かせない力はいくつもありますが、チャレンジングな場面で特に重要なのが洞察力と実行力です。洞察力は、物事の本質を見抜き、新たな可能性を発見する力です。仮に行き詰まった場面でも、洞察力を発揮することで、閉塞感を打破して飛躍するための道筋が見えてきます。一方、実行力は、洞察によって得られた機会を、具体的なアクションに移す力です。試行錯誤を繰り返しながら、粘り強く行動することで、目に見える成果を生み出すことができます。
洞察力と実行力は、互いに補完し合う関係にあります。優れた洞察力があって道筋が見えても、実行力を元に前に進まなければ成果は形になりません。逆に、実行力があっても、洞察力がなければ、芯を外した目的達成に近づかない行動を繰り返すだけに終わります。ビジネスの世界でさらなる成果を得るには、この2つの力をバランスよく高めていくことが求められます。
しかし、この2つの力の中で、洞察力という抽象的な能力については、なかなかスキルアップの具体的な方法が語られることがありません。「センス」や「ひらめき」といった言葉で片付けられてしまうことすらあります。
そこで注目したいのが、洞察力の源となる「問いを立てる力」です。この力を鍛えることで、物事の抽象度を自在に操り、今とは違う視点で世界を見通せるようになります。問いを立てる力の重要性は様々な関係者から指摘されており、例えばAmazon創業者のジェフ・ベゾスを含む起業家72名と、企業の役員/シニア・マネージャー310名を対象とした研究結果でも、「仕事の効率や生産性を高める」「新しいアイデアを生み出す」という声が上がっています。
この記事では、ビジネスパーソンとしてのパフォーマンスを飛躍的に高めるために重要な「問いを立てる力」を鍛える方法を解説していきます。
1.2 問いの種類が導く、思考と行動の方向性
問いを立てる際、私たちには大きく3つの選択肢があります。
- 抽象度を上げて大局観を得る:例「Why(なぜ)」
- 抽象度を下げて具体策を探る:例「How(どうやって)」
- 前提を変えて新しい可能性を見出す:例「What if(もし〜だったら)」
図1 大きく分けた問いの種類3つ
実際のケースで見てみましょう。ある企業の10年来のロングセラー商品の売上が、顧客ニーズの変化により下がり始めました。この問題に直面した3人のメンバーは、それぞれ違う問いを発します。
- 一ノ瀬さん:「なぜ、急に顧客のニーズが変わり始めたのか?(まずいぞ…☹)」
- 二宮さん :「どうすれば、変化したニーズに対応できるか?(急がなきゃ…☹)」
- 三宅さん :「もし、ニーズの変化が新しい機会だとしたら?(チャンスかも…☺)」
ここで重要なのは、どのような問いを立てるかによって、その後の行動や解決策の方向性が大きく変わる点です。立てる問いの種類が全ての起点となります。
①抽象度を上げて、俯瞰的に見る:「なぜ? (why)」
一ノ瀬さんの「なぜ(why)ニーズが変化したのか」という問いは、思考の抽象度を上げ、大局的に状況を捉える視点です。この問いが導くのは「顧客のライフスタイルや社会のトレンドが変化しているのではないか」といった、より広い文脈での仮説です。
②抽象度を下げ、具体化:「どうすれば? (how)」
一方、二宮さんの「どうすれば対応できるか? (how)」という問いは、「新製品を開発しよう」「広告の予算を2倍にしよう」といった具体的なアクションにつながりやすいです。
③前提を変える:「もし〜なら? (what if)」
そして三宅さんは、「もし、ニーズの変化が新しいビジネスチャンスだとしたら?」と問うことで、「ニーズの変化=危機」という暗黙の前提をポジティブなものに変換します。ピンチをチャンスに変える発想から、次なるベストセラー商品のアイデアが生まれるかもしれません。
このように多様な視点で問いを立てられれば、選択肢は広がります。例えば、イノベーションやデザイン思考のメソッドにおいても「どうすれば〇〇できるか?(How might we〜?)」「もしこれが△△だったら?(what if〜?)」といった問いかけで選択肢を広げることが重視されています。
逆に言えば、限られた種類の問いしか立てられない場合、行動の可能性が狭まることになります。もし、商品の売上アップを検討している人が「どうすればこの商品をネットでもっと売れるようにできるだろうか?」という具体的な問いしか立てられないとします。すると、対面販売の有効性を無視するリスクが生まれます。
具体的に問うこと自体が悪いのではありません。問題は、その具体性に囚われてしまい、別の角度からの問いを立てられなくなることです。様々な観点から自由自在に質問を投げかける力、つまり問いを立てる力を高めることが重要です。
1.3 問いを立てる力を高めるうえでの課題
問いを立てる力は仕事のパフォーマンス向上に直結していますが、その力を高めるとなるといくつか課題があります。一つは、カウンセラーのような専門職種でない限り、普段から「どんな問いかけをすれば効果的か?」「別の種類の問いかけをするとしたら、それはどんな問いか?」と意図的に考える機会が少ない点です。多くの人にとって、問いの質を問うことは日常的な習慣になってないのが実情です。
より具体的な背景として、日常業務の中で「なぜこの仕事が必要なのか?」「もし別のやり方があれば?」と問いかける必要性が薄いことが関係しています。例えば、来週の締め切りに向けて書類を作成するという業務があれば、そこで立てる問いは「どうすれば効率よく書類を仕上げられるか?(how)」というものになるでしょう。目の前の作業を具体的にこなすための問いが中心になるため、それ以外の発想は生まれにくいのです。
このように、大きな問題の一つは物事を具体化する以外の視点でも問いを立てる習慣が身についていないことにあります。その結果、イノベーションやデザイン思考のようなアプローチを取り入れても、真の効果を発揮できずにいるチームや組織が多いのが実情です。これにより、以下のような流れで「スキルとツールのミスマッチ」「悪循環」が起きやすくなります。
図2 スキルとツールのミスマッチ問題
問題の本質は広い視野や異なる視点で「問いを立てる力」が未発達な点にあります。もちろん、具体的に物事を見通し考えることも大変重要です。しかし、多様な視点で問いを立てる力が欠落していると、洞察力は高まらず、新しい可能性は開けません。
このような問題を避けるためにも、単にツールを導入して使うだけでなく、ツールを使う側の基礎的な「問いを立てる力」を高める必要があります。
1.4 問いを立てる力を鍛える:本記事の構成
この記事は、ビジネスパーソンのパフォーマンス向上に不可欠な「問いを立てる力」を体系的に鍛える方法を紹介します。セクション2では、問いを立てる際に重要な3つのスキル「観察」「言語化」「視点操作」を解説します。セクション3では、これらのスキルを実践的に鍛えるツール「ワイ・ハウ・ラダー(Why-How Ladder)」を詳しく説明します。本記事が「問いを立てる力」の理解を深め、仕事のパフォーマンス向上のきっかけになれば幸いです。
2. 問いを立てる力を構成する3つのスキル
問いを立てる力の基礎能力は3つあります。1つが観察力です。私たちは日々、様々な事実や現象に囲まれています。しかし、その中から真に重要な情報を見抜くには、鋭い観察眼が欠かせません。まるで名探偵のように、五感を研ぎ澄まして、事実を丹念に集めていく。そうすることではじめて、問題の核心に迫ることができるのです。
第二のスキルは、「言語化」です。観察した内容を、適切な言葉で表現する能力。それは、問題の本質を捉えるための鍵となります。複雑な現象を平易な言葉で説明する。抽象的な概念を具体的なイメージに置き換える。そうすることで、周囲の人と問題の本質を明確に共有できるようになります。
第三のスキルは、「視点操作」です。物事を多角的な視点から捉え直す能力。それは、問題解決のブレークスルーを生み出す原動力となります。抽象化して広い視野で物事を見たり、具体化して解決策を探る。もしくは異なる視点や仮定を前提に新しい可能性を見出す。そうすることで、私たちは固定観念の枠を超えて物事を理解することができます。
これらの3つのスキルは仕事の基礎的な要素でありながら、それぞれのスキルが低いと様々な失敗を招きます。
1. 観察の失敗例:
新製品開発のために市場調査を行う際、顧客の表面的なニーズや要望のみを捉え、その背後にある本質的な問題や深層のニーズを見落としてしまう。顧客が「もっと速いスマートフォンが欲しい」と言っているのを単純に受け取り、スピードが速ければもっと売れると早合点する。
2. 言語化の失敗例:
チームが観察結果を不明瞭な言葉で共有し、その結果、プロジェクトの目的や方向性があいまいになる。例えば、「速い」や「便利」などの抽象的な表現は人によってどの程度の状態なのかが変わる。それにより、目指すべき姿や具体的な目標、その他の要件定義が不明瞭になる。
3. 視点操作の失敗例:
チームが既存の解決策やアプローチに固執し、新しい視点やアイデアを模索することなく、伝統的な枠組み内で問題を捉え直すことに終始する。前例や慣習からあえて離れる視点を意識しないため、革新的な解決策を見逃し、競合他社との差別化に失敗する。
表1 観察・言語化・視点操作のポイントと失敗例
以上のような失敗を避けるためにも、これより説明する各要素のポイントをおさえることが重要です。なお、意識的なトレーニングをしていなければ、誰しも「観察は得意だが言語化は不得意」といったように得意領域と苦手領域があります。自分はどこが上手で、どこに課題があるのか考えながら読むことで、スキルアップの方向性が見えてくるでしょう。
2.1 観察:事実や現象を詳細に観察し、情報を収集する
問題解決の第一歩は、鋭い観察眼を養うことです。私たちの周りには無数の情報が溢れていますが、その中から真に必要な情報を見抜くためには、体系的な観察が不可欠です。
まずは、問題に関わりそうなものを広く集めてみましょう。例えば、問題が起きている現場や、お客様の声、他社の動向、自社の強み・弱みなどです。なお、観察や問いを立てるプロセスは繰り返し行うものです。最初は抜け漏れがあるという前提で、できるだけ多くの事柄をリストアップしましょう。
問題の核心に迫るためには、適切な対象選定が重要です。顧客、競合他社、自社の製品やサービス、業界の動向など、問題に関連する事象を幅広く検討し、焦点を絞っていきます。
そして、集めた情報の中から、特に問題と関係が深いと思われるものに注目します。そうすることで、何を詳しく調べればよいかが明確になります。観察対象を絞り込むことは簡単ではありませんが、問題の本質を見抜くための重要なステップです。
次に、観察を実行します。ここでは、特に視覚、聴覚、触覚を駆使して情報を収集することが鍵となります。
- 視覚:対象を注意深く観察し、細部まで見逃さないことが重要です。表情や行動、周辺の様子や環境など、さまざまな視覚情報に注意を向けます。
- 聴覚:関係者の会話や発言に耳を傾けることで、問題の背景にある真意を理解するきっかけになります。言葉の選択、語気、沈黙なども重要な情報源となり得ます。
- 触覚:実際に製品やサービスに触れることで、当事者や顧客の体験を直接理解できます。使い勝手、質感、耐久性など、触覚から得られる情報は貴重です。
こうした多角的な観察を通じて、問題の本質により迫ることができるでしょう。観察の質を高めるためには、現場に足を運び、五感を研ぎ澄ませながら対象と向き合うことが大切です。
最後に、観察で得た情報を記録し、分析します。メモ、スケッチ、写真、動画など、さまざまな方法で情報を整理・可視化しましょう。そうすることで、問題の全体像を把握しやすくなります。
ここでの注意点は、観察時に先入観に囚われず、偏りのない視点を保つことです。そのためには、以下のようなポイントを意識しましょう。
1. 事実と意見を分離する:
観察中は、あくまでも事実のみを記録し、自分の意見や解釈は別にメモしておきます。事実と意見を混同して記録すると、後で確認した時に一つの
意見が事実として独り歩きするリスクがあります。
2. 複数の視点を取り入れる:
問題に関わる様々な立場の人々から話を聞き、多様な視点を収集します。「こうであるはずだ」と自分の視点を重視しすぎるのではなく、異なる意見にも耳を傾け、柔軟な姿勢を持つことが大切です。
3. 仮説検証よりも仮説探索:
仮説を持つことは大事ですが、仮説に合わない情報を捨ててしまうと調査の意味が薄れてしまいます。仮説検証ではなく仮説を探索していると考え、想定と違う事実や発見を重視しましょう。
このように、事実と意見の分離、多様な視点の取り入れ、仮説探索を意識することで、偏りのない観察を行うことができます。観察スキルは訓練によって磨かれていくものです。日頃から自分の観察の癖を振り返り、客観的な視点を養う努力を続けることが重要です。
2.2 言語化:観察した内容を適切な言葉で表現し、問題の本質を捉える
観察で得た事実や気づきを、次は適切な言葉で表現する必要があります。それが「言語化」のスキルです。この言語化のプロセスにより、問題の本質を明確にして周囲と共有することが可能になります。
言語化の第一歩は、観察内容を具体的な言葉で表現することから始まります。抽象的な印象ではなく、事実に基づいて言語化することが肝要です。例えば、ある製造ラインの生産性が低下しているという問題があったとします。「生産性が低い」という漠然とした表現では、具体的な改善策を打ち出すことは難しいでしょう。しかし、「1時間あたりの生産個数が前月比で15%減少した」と数値を用いて具体的に表現することで、問題の所在が明らかになります。
次に、言語化した内容をさらに洗練させ、簡潔にまとめることが重要です。複雑な問題を平易な言葉で説明することを心がけましょう。専門用語を使わずとも、問題の本質を誰もが理解できるよう、言葉を選ぶことが大切です。先の例で言えば、「生産性が低い主な原因は、設備の耐用年数が限界に近いことと、作業手順が非効率的なことにある」といったように、簡潔明瞭に問題をまとめることで、解決に向けての方向性が見えてきます。
最後に、言語化した内容を関係者間で共有し、議論を深めることが求められます。言葉にすることで、個々人の認識の違いが浮き彫りになることがあります。その違いを乗り越え、共通理解を形成していくことが、問題解決には欠かせません。生産性の問題で言えば、現場の作業者と経営層、それぞれの視点から問題をとらえ、議論を重ねることで、より本質的な課題が見えてくるかもしれません。
丁寧な言語化プロセスを経ることで、初めて問題の本質的な部分が浮かび上がり、チームで課題に向き合える共通の土台が生まれます。自らの考えを的確に表現し、会議や商談で相手に確実に意図を伝えられることは、必須の力と言えるでしょう。逆に、うまく言語化できなければ、いくら優れた発想があっても、それが共有され実行に移されることはありません。
観察で得られた事実を言葉で表すこと、そしてその言葉をブラッシュアップし議論を重ねること、この一連のプロセスを経て初めて、問題の本質を捉えられるようになります。質の高い言語化を実現することは、優れた問いを立てる上での大きな基盤となります。
2.3 視点操作:多角的な視点から問題を捉え直す
最後の重要なスキルが視点操作です。観察と言語化が、問題を理解し明確にするプロセスだとすれば、視点操作は問題に対する見方を変えるプロセスと言えます。固定観念の殻を破り、新しい解決の糸口を見出すためには、この視点操作のスキルが欠かせません。
視点操作の第一歩は、問題を抽象化することです。目の前の事象から一歩引いて、より大きな文脈の中で問題を捉え直す。例えば、ある小売店の売上が伸び悩んでいるとします。「売上が伸びない」という目先の問題にとらわれるのではなく、「なぜ売上が重要なのか」という根本的な問いを立てることが大切です。「売上は、顧客にとっての価値を測る指標の一つに過ぎない」という認識に至れば、「顧客の満足度を高めること」という視点で、より本質的な課題が浮かび上がってくるはずです。
次に、抽象化した問題を再び具体化することが求められます。高い次元で捉えた問題を、現場の実態に落とし込んでいく作業です。先の例で言えば、「顧客満足度を高めるためには何が必要か」と自問自答することになります。顧客アンケートの結果を分析したり、店舗での顧客の行動を観察したりすることで、具体的な改善策が見えてくるかもしれません。「レイアウトを変更し、初めて来店する人が商品を見つけやすいようにする」「スタッフの接客スキルを向上させる」といったアイデアは、抽象的な問題意識を現実の解決につなげるための橋渡しとなるでしょう。
そして、視点操作の極意は、異なる分野の視点を積極的に取り入れることです。例えば小売業の問題解決に、テクノロジー・ベンチャーや環境NPOの視点を借りることもできます。テクノロジー・ベンチャーなら『どうすれば、店舗内での体験をデジタルプラットフォーム上にも拡張できるか?』、環境NPOなら『どうすれば、持続性の配慮に優れた店舗としてブランドイメージを構築できるか?」といったアイデアが出てくるかもしれません。なお、このように異業種の発想を参考にすることは、デザイン思考では「類推思考」と呼ばれて利用されています。
視点を変えることで、今まで気づかなかった解決策を見つけ出すチャンスを得られます。例えば、顧客の不満を単なる『問題』ととらえるのではなく、『ニーズを理解するためのヒント』と捉え直してみましょう。不満を解消するための新サービスのアイデアが浮かぶかもしれません。視点を変えることで、問題解決の可能性が大きく広がります。
3. 実践ツール:ワイ・ハウ・ラダー(Why-How Ladder)
セクション2では、問いかける力の3要素について紹介しました。このセクション3では、日常業務の中でそれらの基礎スキルを鍛える効果的なツール「Why-How Ladder」について詳しく見ていきます。
3.1. Why-How Ladderとは:問題の本質と具体的解決策を行き来する
問いかける力を高めるためのアプローチは様々ありますが、最も基本的かつ実践的なツールの一つが「Why-How Ladder」です。このメソッドは、「なぜ?(Why)」と「どのように?(how)」という2種類の質問を自由に投げかけます。「なぜ?」と問うことで大局観を養い、「どのように?」と問うことで洞察を具体的な行動に結びつけることができます。これにより、概念的思考から実践的思考へとシームレスに流れる思考習慣が身につきます。
Why-How Ladderは、質問プロセスの特定の要素を対象とした基礎トレーニング、つまり基本的な練習と考えることができます。よって、このツールを出発点として、他の方法論を重ね合わせることで、鋭い質問をする力を多角的に培うことができます。
Why-How Ladderの真価は、そのシンプルさにあります。「なぜ?」と「どのように?」を交互に問うことで、核心的な問題をすばやく掘り下げると同時に、実行可能な解決策を生み出すことができます。
例えば、従業員の生産性を高めるという課題に直面したとします。「なぜ生産性が低迷しているのか?」と問うことで、モチベーションの低さ、スキル不足、非効率的なワークフローなどの根本的な要因が明らかになるかもしれません。
次に、「モチベーション低下やスキル不足といった問題に、どう対処すればいいのか?」と軸を変えることで、より意義のある仕事の割り当て、研修プログラムの強化、デジタル化によるプロセスの合理化など、ターゲットを絞った介入策を検討することができます。
「なぜ?」で探求し、「どのように?」で解決策を提案するこのサイクルを繰り返すことで、包括的かつ効果的な問題解決アプローチに着実に近づくことができます。Why-How Ladderは、常に全体像と重要な詳細の両方へ構造的に目を向けながら、柔軟な姿勢で複雑な課題に取り組む力を与えてくれます。
3.2. Why-How Ladderの具体的なプロセス
では、実際にWhy-How Ladderを使うには、どうすればよいのでしょうか。ここで仮に、あなたの会社が、自宅でリモートしつつ時に出社して働くというハイブリッド・ワークを導入しているとします。自宅とオフィスの両方で働くことは、多くの可能性を秘めている一方で、働く人の満足度やパフォーマンス維持に課題があります。ここで、Why-How Ladderを使ってみましょう。
ステップ1:課題を設定
まず、解決策を考える最初の一歩として、「どうすれば、快適なハイブリッドワークを実現できるか?」という問いを、課題として設定します。
ステップ2:「なぜ?」で問題を掘り下げる
次に、「なぜ?」という問いによって、なぜ快適なハイブリッドワークが重要なのかを問いかけます。すると、この問題の根底には、従業員のウェルビーイングや満足度、生産性向上による組織の持続的な成長など、会社としてより重要な課題を言語化できます。
ステップ3:「どのように?」で具体策を考える
問題の本質が見えてきたら、今度は「どのように?」と問いかけ、具体的な解決策を探ります。自由な発想で、アイデアを出し合ってみてください。「どうすればハイブリッドワークを快適にできるか?」と問いかけることで、適切なソフトウェアの選定、部門ごとのコミュニケーションツールの最適化、従業員の個別ニーズに応じたデバイス支給など、様々な施策が浮かび上がってくるはずです。
ステップ4:ステップ2と3を繰り返す
ステップ2や3で出てきた新しい視点に対して、再び「なぜ?」と「どのように?」を投げかけ、アイデアをブラッシュアップしていきます。視点が抽象的すぎる場合や、具体的すぎる場合は何度も質問しましょう。そうすることで問題解決の本質に迫りながら実行可能性の高いアイデアを考えられるようになります。このワークでは、繰り返し「Ladder:はしご」を行き来することがポイントです。
ステップ5:プロセスを一旦終了する
Why-How Ladderを使った問題の掘り下げや解決策の検討には終わりがありません。よって、「いつプロセスを終了し、次に進むべきか?」という疑問が生じます。この判断は、扱う問題の性質や組織の状況によって異なりますが、いくつかの目安があります。
- 抽象化することで問題の本質が明確になった:
- 「なぜ?」を繰り返し問うことで、問題の根本原因や背景にある課題が明らかになったら、問題の本質を捉えたと言えます。これ以上「なぜ?」を問うことで新しい視点が得られなくなったら、一旦問題の掘り下げは十分だと判断します
- 具体化することで実行可能な解決策が得られた:
- 「どのように?」を問うことで、具体的かつ実現可能な解決策が複数出てきた段階で、一旦プロセスを終了します。出てきたアイデアを整理し、優先順位をつけて実行プランを立てる段階に移行しましょう。
- 新しい視点が出なくなった:
- Why-How Ladderを使っていても、これ以上新しい視点や解決策が得られなくなったと感じたら、プロセスを終了するタイミングかもしれません。特に、同じような議論が繰り返されて堂々巡りしているようであれば、再度現場の観察に戻って新しい情報を取得したり、解決策の実行プラン考えてみましょう。
- リソースの限界に達した:
- Why-How Ladderは有用なツールですが、私たちの時間や組織のリソースは無限ではありません。与えられた時間内で最善の結果を出すために、はじめからツールを使って視点操作を行う時間を設定して次に進むことも重要です。
繰り返しになりますが、100人中100人が賛同するような明確な指標はありません。Why-How Ladderを終了する判断は、経験や感覚に依存する部分もありますが、まずは上記の参照点を目安にしながらチームで議論しましょう。
図2 ハイブリッドワークを問題意識とした場合のWhy-how Laddering例
Why-How Ladderを使うことで、立ち止まって「なぜ?」と「どのように?」を発する練習になります。ツールとしては極めてシンプルですが、問題の本質が見えるようになり、新しい可能性が広がっていきます。
3.3. チームで実践する際のポイント5つ
また、Why-How Ladderは、一人で使うだけでなく、チームで活用することで真価を発揮します。多様な視点が交わることで、より深い気づきと斬新なアイデアが生まれるからです。さらに、Why-How Ladderをチームや組織全体に浸透させることで、イノベーションを促進し、問題解決能力を飛躍的に高めることができます。
例えば、新製品の開発に取り組む際にも、Why-How Ladderは威力を発揮します。「なぜこの製品が必要とされているのか?」という問いから始めることで、顧客のニーズや市場の動向を深く理解することができます。そこから「どのような機能を盛り込めば顧客の〇〇や△△といった課題を解決できるか?」といった具体的な問いを立てることで、競争力のある製品づくりに意識を向けられます。
また、あるチームがプロジェクトの納期遅れに悩んでいるとします。Why-How Ladderを使って「なぜ納期が遅れてしまったのか?」と建設的に問うことで、メンバー間のコミュニケーション不足や、リソース配分の問題など、根本的な原因が浮かび上がってくるかもしれません。さらに「どうすればコミュニケーションを改善できるか?」「どうすれば最適なリソース配分を実現できるか?」と問いを重ねることで、具体的な解決策を導き出せるでしょう。
チームでWhy-How Ladderを実践する際は、以下の4つのポイントを押さえましょう。
1. イノベーションを促す環境づくり
全員が自由に発言できる心理的安全性が確保された環境をつくることが大切です。階層や職種に関係なく、誰もが平等に意見を述べられる雰囲気を醸成しましょう。そのような環境のない中で「なぜ(why)」と問いかけると、納期の遅れなどトピックによってはメンバーを攻撃していると誤解されるケースがあるかもしれません。リーダーは、そのようなことがないように場をつくりながら、メンバーの多様な視点を引き出すファシリテーターとしての役割を果たします。先入観にとらわれすぎず、柔軟な思考を促す雰囲気づくりが求められます。また、適度な休憩を取り、議論に遊び心を取り入れるなど、創造性を高めるための工夫も忘れないでください。
2. 問いかける習慣の定着
Why-How Ladderを一度だけでなく、継続的に実践することが重要です。日常の仕事の中で「問いかける習慣」を根付かせることで、チームの問題解決力は着実に高まっていくでしょう。声に出して問いかけ、チームで一つの問いを共有しながら、それぞれの考えを出し合うプロセスを大切にします。例えば、何か業務報告をするときは、報告内容に対してWhy-How Ladderを使って全体像をわかりやすくするなど、少しの工夫で習慣化させることが可能になります。
3. 議論の可視化とオープンなコミュニケーション
ホワイトボードやデジタルツールを活用して、議論された内容をリアルタイムで可視化します。これにより、参加者全員が同じページに立ち、アイデアを共有しながら議論を進められます。情報の透明性を高め、オープンなコミュニケーションを促進することが、より良い解決策の創出につながります。可視化することで、誤解を防ぐと同時に今どのような論点に集中すべきかをチーム内で簡単に共有することができます。
4. 本質の追求と創造的な解決策の探索
Why-How Ladderを用いる最大のメリットは、問題の根本原因に立ち返り、その本質を深く理解することにあります。そうして明らかになった本質的な問題に対して、多角的な視点でアプローチすることで、従来にはない革新的な解決策が生まれる可能性があります。議論は一つの論点に集中しつつも、固定観念にとらわれない幅広い解決策を模索します。
Why-How Ladderは、チームの力を引き出し、イノベーションを加速する強力な触媒になり得ます。ぜひ、あなたのチームや組織で Why-How Ladder を使ってみてください。きっと、問題解決の質とスピードは飛躍的に向上するはずです。一人ひとりの問いかける力こそが、チームや組織変革の原動力になります。
4. 本記事のまとめ
この記事では、「問いを立てる力」というビジネスパーソンにとって欠かせない能力について探求してきました。問いを立てることは、私たちの思考を刺激し、新たな視点を獲得する上で非常に重要な行為です。そして、その力を高めるためには、観察力、言語化、視点操作といったスキルを磨くことが不可欠であることを紹介しました。
また、ワイ·ハウラダーのような実践的なツールを用いることで、日々の業務の中で問いを立てる習慣を身につけることができます。これにより、私たちは問題解決のプロフェッショナルとして仕事のパフォーマンスを高めながら成長していくことができます。
ただし、様々な視点で優れた問いを立てることは、ゴールではなく、むしろスタートラインに立つことを意味します。その力を発揮するためには、洞察と実行のバランスを取ることが重要です。問いから得られた知見を具体的な行動に移すことで、はじめて意味ある成果を生み出すことができます。
以上のことを念頭に置きながら、ぜひ「問いを立てる力」を意識的に高めてみてください。そうすることで、自分自身やチームの可能性も最大限に引き出され、より大きなインパクトを与えられる仕事ができるようになるでしょう。
謝辞
本記事の執筆にあたり、企画段階から数回にわたってNECソリューションイノベータ株式会社の吉田久美さんや栗藤高信さんをはじめ、同社関係者にインタビュー協力を頂きました。また、アイリーニ・マネジメント・スクールの飯盛豊さん、山田泰穂さん、植野紗紀さんからは、ドラフト記事を改善するコメントや執筆プロセスの支援をいただきました。ここに感謝の意を表します。