新学長インタビュー「楽しく、主体的に、加速する」【後編】
新学長、植野紗紀がつくりたい次の未来とは
2024.09.09
創業よりアイリーニ・マネジメント・スクールを率いてきた学長・柏野尊徳に代わり、9月より新学長に就任する植野紗紀。前半は学長に就任する経緯やアイリーニがこれから目指す方向性について語り、今後の事業の広がりを感じさせた。後半は植野が人生のテーマとする「人の可能性を最大化したい」という思いに至った幼少期の経験から母になった現在まで、彼女の人柄や思いに触れる。(聞き手・丸山裕理/撮影・山下元気)
<前半はこちら>
新学長インタビュー「楽しく、主体的に、加速する」【前編】
声がけや環境の大切さを知った、幼少期
丸山:植野さんの「人の可能性を最大化したい」という思いには、どんな背景があるんでしょう。
植野:最初の記憶は、小学校ときに学習塾に通っている頃のことでした。私はたまたま勉強が好きで、塾も楽しくて通っていたんですけど、同じクラスの子を見渡してみると、そうじゃない子もいるなっていうのに気づいて。だんだん疲れて辞めていく子が何人かいるんですね。印象的なのが、あるとき成績が振るわなくて下のクラスに落ちてしまった時、一緒にクラスが落ちた友達に「落ちちゃったね」と話しかけたら、「一緒にしないでよ!」とすごく怒って。そんなに怒ったことに驚いてもう少し話を聞いていくと、「お母さんに言えない」「お母さんに怒られる」と悩んでいたんですね。本人がやりたいというよりも、お母さんに行かされている。塾に行きたくて行く人ばかりじゃないんだと、親のプレッシャーを受けて苦しんでいる友達を何人も見たっていうきっかけがあります。主体的じゃないので、勉強ができなくなったり成績が悪くなると、そこからなかなか上がれなくなる。とても勉強ができる子だったのに、苦しくなって勉強ができなくなっていくということがあるんだと子どもながらにショックをうけました。
あとは、中高時代に私は女子サッカー部に入ってたんですけど、サッカーのポジションっていろいろあるんですね。みんな1年生の後半ぐらいにポジションが固まっていくんですが、私は全然決まらなくて。フォワードをやることもあれば、後ろのときもあって、いろいろと回されてる感じが私は嫌でした。なぜかと言うと、ポジションに特化した練習ができないから。どのポジションもそれなりにはできるけど、どこにも特化してない。「私は何が強みなんだろう」と悩んでいました。でも、最後の方はチームにコーチがついたりする中で、「紗紀は足が速いからこのポジションが向いてると思う」と言われて、実際に活躍できることも少しずつ増えてきて。そういうふうにちょっとポジションが変わったり、声掛けが変わっただけでこんなに能力の発揮の仕方が変わるんだっていうのを体験したときに、面白いなと感じました。
その後、大学のときに母校の中高の女子サッカー部の監督をやるんですね。生徒たちひとりひとりに合ったポジションや全体のバランスをみてフォーメーションを考える中で、必ず個性を考えたというか、この子は足が速いからここがいいなとか、足元でボールを扱うのが上手いからとか、背が高いからとか、常にその特性を考えながら配置して。あとは一人一人と関わる中でも、その子の特性に合った声掛けをするように意識してたりとか。監督としてチームを勝たせたいって思いと、やっぱりサッカーが好きになってほしいという思いの中で、それぞれの能力をどうやったら最大限伸ばせるだろう、いかに練習に楽しく臨んでもらえるか、というところに悩んだ4年間が今に繋がっている気がします。
あとから思えばですが、中高時代に全部のポジションをやったことは、この時の監督経験にもとても活きました。全てのポジションの特性や、そこでプレーをしていて感じることなどが自分も経験しているのでわかることが多いんですよね。当時思っていた「どのポジションもそれなりにしかできない」というコンプレックスは、時と立場の変化を経て強みになりました。強みも弱みも、実は表裏一体なんですよね。
母として、学長として。「仕事って素晴らしい」と思える現在
丸山:紗紀さんご自身についても伺いたいのですが、いま二人のお子さんのお母さんだと聞きました。仕事と子育ての生活はいかがですか。
植野:やっぱり目まぐるしいところは正直あります。常に時間に追われているというか、お迎えの時間が決まっていたり、朝もいつ子供が起きてくるかは日によって違うので、自分でコントロールしてるというよりは、子供の時間にうまく合わせていってる。そういった意味で、どうしてもせかせかした感じがあるのは正直なところですね。ちょうどアイリーニに入ったときはまだ出産はしていなくて、いまは子供が2歳と3歳になりましたので、間に産休・育休を取らせてもらったりとかして。
丸山:やはり働き方は変わりましたか。
植野:そうですね。これまではお迎えの時間もなかったので、18時以降に働いたりとか、それこそ新卒のときは夜遅くまで働くような会社にいたりもしたので、何かそれがもう、パシッと5時半とか5時とかに終えてお迎えに行くとなったら、大きく変わりますよね。
丸山:仕事を続けていく上でのコツや工夫みたいなものはありますか。
植野:まずいろんな人に頼るということ。自分の実家の近くに住んでいるので、緊急なことや困ったときは両親に助けてもらいます。とても助けてもらっていますね。あとは会社の制度もフルフレックスなので、自分の働く時間帯や一日にどれぐらい働くかというのも自分で決められるようになっているので、働きやすいですね。
丸山:子育ての中での学長就任になりますが、その辺りはいかがですか。
植野:どうなるかなみたいなところは正直ありますが、これまでやってきたことと大きく何かが変わるわけではない。これまでも事業統括として、事業がうまく進むようにというのを担っていたので、実際の仕事面での変化はそんなにないですし、ある意味社員で働くよりも、自分が代表になった方が全部自分で決めていくので自由度は高いです。一方で、自分で選んだ責任が全て自分に返ってくる感じや、自分だけでなく会社のメンバーにも影響を与えてしまうので、プレッシャーはあります。ただ、そういった責任も含めて、経営者は自分で決められることが多いという点では、働きやすいんじゃないかなって思っています。
丸山:仕事への向き合い方も変わりましたか。
植野:昔の私がそうだったのですが、仕事は大変なことと思っていて、常に目標に追われている感覚や、膨大な「やらねばならないこと」の多さに圧倒されていた時期もありました。若い時は時間もある意味いくらでもかけられるので、夜遅くまで働くことでカバーしたりしていて。それが今は、お迎えの時間もあることで、時間はもうある程度区切りをつけるしかないので、その中でどこまでやれるかという形に変わりました。そういった時間の区切りと、裁量の変化によって、今は仕事を自分から追いかけるという感覚に大きく変わりました。また、常にお仕事があるという状態がむしろありがたいと感じたり。自分の得意なことを活かせて、お客様に喜んでいただけて、それでお金もいただける。仕事って素晴らしいことだなと感じていて、今はシンプルにお客様にどんな価値が届けられるか、そのために日々何ができるかという事に向き合えています。
「失敗=経験値」。アイリーニが大切にする“失敗推奨”文化
丸山:学長になるにあたり、組織の舵取りはどう担っていかれますか。
植野:スクールとして大事にしている価値観が三つあります。一つが「性善説でいよう」というところで、ルールが全くないんですね。例えば、在宅勤務が増える中で、企業によってはパソコンのログイン時間の管理など、そうせざるを得ない環境もあると思うのですが、アイリーニの場合は「みんな純粋に働くよね」という、性善説の上で成り立っているので、ルールが本当に少ない。ルールをつくる工数と、管理する工数がゼロになることもメリットだと思います。今後組織が大きくなってマネジメントする人も増えたときに、部下のこともそういうように信じられる人を採用していきたいと思いますし、互いが性善説で考えられる状態を保てるような組織の仕組みも同時に作っていきたいと考えています。
二つ目は、「卓越性を追求する」ということ。やはり人には強みや得意なこと、他の人よりも秀でてるところがあると思っていて。アイリーニではすごい苦手なことを頑張って補完するよりも、「自分の得意なことを、より得意にする」ということを大事に、配置や仕事を考えています。例えば、柏野は事務手続きがあまり得意ではないけど、それは得意な人がやればいい。でも逆に研究やプログラム開発をするとなったら、ものすごいスピードで進んでいく。いつも見ていて圧倒される彼のすごさです。だったらもうそこに時間を使って欲しいと思っていまして、今回の留学も、事業運営は私が担うので、柏野には得意な研究やプログラム開発に集中してもらった方が、スクールとしてのトータルの成果はすごく高まる。弱みを普通にするよりも、強みをより伸ばした方が本人も周りも嬉しいと思うんですね。それはチームとして大事にしている事です。
三つ目は「常に学び続けること」。今一緒に働いて下さっている講師の方々の多くは大学院に通っていたり、今も何かしら学びを続けていらっしゃったりと、学習意欲の高いメンバーが多いです。面白いのがアイリーニには「失敗推奨文化」があります。小さく失敗して、早く学ぶといったものです。私は最初、なかなかそれに慣れないというか、これまで「成功する」ってある程度思えるように準備してからやるタイプだったので、新しいことや、成功するかわからないことに対してだいぶ行動が遅かったりしたんですけど。この環境に何年もいると、逆に「失敗した方がラッキー」と思うようになってきました。失敗の定義が変わった気がして、今まで失敗すると「恥ずかしい」という気持ちだったり、もうこの世の終わりとか、ネガティブな気持ちしかなかったんですけど、最近は定義が「失敗=経験が増えた」と思える。失敗に寛容というか、むしろ早く失敗しようと。例えば、3ヶ月かかってようやく1個成功するんだったら、その3ヶ月の中で10回失敗して1回成功した方が、トータルの学びはすごく多い。だったらそちらの方をとろうと、そういう考えです。早く、小さく、試す。これはデザイン思考のプロトタイプ的な考えと近しいのですが、研修で教えていることが社内の働き方にも浸透しています。
学びの場を、すべての世代に
丸山:少し先の話にはなりますが、植野さんの夢はなんですか。
植野:大学生ぐらいからずっと抱いている夢が、「保育園を作りたい」ということです。やはり人の人格形成や能力のベースは0〜6歳の幼少期に培われるということを自分の経験で感じていて。今学びの提供を通じて社会を見る中で、「これはもっと幼少期にやった方がいいよな」と感じたり、自分自身が子育てをしている中で「こういう学びの機会があったらいいな」とか「こういう関わり方がいいんだろうな」といったことを学んでいます。伝えていきたいことの形がある程度見えてきたときには、それを実現する保育園を作りたいなと。もっと言うと、子どものためだけではなく子供が一番影響を受けるのはやはり家庭環境であり親だと思うので、親も一緒に学びながら成長できるような保育園を作りたいと思っています。
弊社は法人名が株式会社アイリーニ・ユニバーシティ(Eirene University)という通り、もともとは大学構想だったりするので、法人の大きなビジョンとしても保育園・幼稚園、小中高大の一貫校というか、学びの場を全年代を通して提供していきたいというのがあります。今は社会人向けですが、少しずつ今からも他の年代向けの学びの場も試していきたいと考えています。
私がやりたい「保育園」もあくまでもひとつの手段であり、形自体にはあまりこだわっていないですが、「人の可能性を最大化したい」というテーマの中で、これからも社会の役に立てることを探求していきたいです。
丸山:最後に今後の抱負を聞かせてください。
植野:いい意味でも悪い意味でも、3ヶ月後先が見えていないのが面白いなと思っていて、全部がここから実験です。自分の大事にしたいテーマや世の中にこんな価値が届くといいなという中心を大事にしつつも、山の登り方は自由。それを模索する期間だと思うので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。
丸山 裕里 (Yuri Maruyama)
フリーアナウンサー、フォトジャーナリスト。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修了。広告関連会社を経て2013年、フリーアナウンサーへ。情報番組や経済番組を担当し、これまで政財界からスポーツ界まで延べ1,000名以上にインタビュー。ライフワークではパラスポーツの取材を続け、東京2020パラリンピック、パリ2024パラリンピックを現地取材。二児の母。現在、LuckyFM『ダイバーシティニュース』にキャスター出演中。
植野 紗紀 (Saki Ueno)
慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、人材育成の分野でキャリアを積む。組織人事コンサルティング会社のリンクアンドモチベーション、保育園グループの本部人事を経て現職。「デザイン思考」と「メンタリング」を専門とし、企業と個人の持続的な成長を支援する事業を展開。組織開発では80社以上の法人、個人向けサポートでは1300時間以上の経験を持つ。顧客からは「主体的な人材が育つ」との評価。二児の母。