不確実性を乗り越えるには? 〜リスク回避思考と反復学習思考〜

投資に失敗した銀行家

「馬車は定着している。しかし車は違う。一時的な流行に過ぎない」

こう述べたのは1903年当時のミシガン貯蓄銀行頭取。後に自動車の大量生産方式を確立するフォード・モーター社への投資に対して、彼の意見は否定的でした。今から考えれば、的外れな意見だと言えます。しかし、新しいものに対して多くの人は懐疑的なものです。

 

なぜ人々は否定的な態度をとるのでしょうか。理由の1つは不確実性です。既に普及しているものの需要は、ある程度予測できます。しかし「馬車の利用が当たり前の時代に、車を投入すること」は前例がありません。予測ができないのです。

仮に顧客の意見を聞こうにも「車」という市場が存在しないため、市場調査さえできません。このような状況で、車の価値を認めることは難しいでしょう。「不確実性が高いから投資はできない」と思うのは自然かも知れません。

不確実性とは何か?

今日のテーマは「不確実性」です。もし、先の銀行家が不確実性に正しく対処できたのであれば、投資に成功して莫大な富を築いたことでしょう。ちなみに、銀行家の意見を無視してフォード社に5,000ドル投資したラッカム(HoraceRackham)は、数年後に12,500,000ドルを手にしました(2,500倍のリターン)。毎年これほどのリターンを期待することはできませんが、不確実性を上手に扱うことはイノベーションを起こす上でも重要です。

 

では、不確実性とは何を意味するのでしょうか?理解の助けとなるのは「リスク」です。「不確実性」と「リスク」は似ている言葉ですが、実際は違います。

<リスク:予測できるもの>

経済学者のフランク・ナイトによれば、リスクは「どれくらいの確率で起こるか予測できるもの」です。

 

自動車生産を単純化した例で考えてみましょう。ある自動車メーカーが1万台に1台の割合で不良品を作るとします。この場合、1万台の車をつくると、必ず1台が廃棄されることになります。製造台数が何台であっても、廃棄台数は常に計算できます。どれだけ廃棄コストがかかるかも常に予測できますね。

<不確実性:予測できないもの>

これとは別に「どれくらいの確率で起こるか予測できないもの」が不確実性です。(※1)

これは、馬車が定着している時代に、車をつくって売るようなものです。車の製造コストはわかります。しかし、車が何台売れるのかはわかりません。

 

リターンが不明確なため「工場にどれだけ投資すればいいか」といった判断は難しくなります。このような状況で車をつくる場合に障害となるのが「不確実性」です。

不確実性を扱う学習方法

リスクは、過去の情報を元にした分析や計算によって管理が可能です。重視されるのは「データは確実か」「決められた手順の通りに実行されているか」といった点です。ルーチンワークに代表されるような、オペレーションの視点が基本となります。

 

一方、不確実性が存在する世界では「データ」も「決まった手順」も存在しません。客観的に予測することは不可能です。残る選択肢は、経験や知識に基づいて主観的な予測を行うことです。誰もが馬車を利用している状況で車の需要を考えることも、主観的な予測になります。冒頭の銀行家は、その予測に失敗しました。不確実性の中で行う予測は、大抵が失敗に終わります。

 

ここで避けるべきは「失敗が多いから手を出さない」とするリスク回避思考です。採用すべきは「失敗から学べることを活かそう」とする学習思考になります。なぜなら、不確実性はその性質上、主観的な予測でしか対処できません。つまり「失敗から学ぶことで、いかに主観的な予測の精度を高めるか」という発想が重要になるのです。

 

このような視点に立つと、不確実性が高い状況で必要なものが見えてきます。それは、「1失敗の被害を最小減にしながらも2失敗からの学びを最大化させる」方法です。イノベーションを実践する企業家(※2)が身に付けるべきは、不確実性を扱う学習方法になります。

学習方法としてのデザイン思考

その学習方法の1つがデザイン思考です。対比させるために、リスクを扱うビジネス思考も取り上げてみます。イノベーション実践には、両者のバランスをうまくとることが求められます。以下のステップで考えてみましょう。

 

  1. リスクと不確実性の区別を行う
  2. リスクを正確に計算し、適切に管理する
  3. 不確実性の予測精度を高めるため、失敗から学ぶ

 

2.で有効なのが、ビジネス思考に代表される数値分析やフレームワーク化です。.3.で有効なのが、デザイン思考における観察やプロトタイピングです。ユーザーの行動や反応を理解し、ユーザーについて深く学ぶ過程の中で「主観的な予測の精度」を高めていきます。なお、この時に予測しているものが「インサイト」です。

大抵の場合、最初に予測したインサイトは外れています。なぜ外れるのでしょうか。それは、ユーザーの気持ちや本音は、データ化や計算を扱う「リスク」に分類できないからです。データ化も計算もできない「不確実性」に分類されます。つまり、観察やプロトタイピングを繰り返し学習しながら、主観的な予測を何度も修正することが重要なのです。

不確実性を乗り越える

時代の変化が乏しければ、過去の延長がそのまま未来となります。昔のデータを正確にとって、正確に計算すれば万事うまくいきます。しかし、時代の変化が激しければ、未来は過去とは別のものになります。予測ができません。軸足が、リスクから不確実性に変わるのです。

 

イノベーション実践において、組織はリスクと不確実性の両軸で物事を捉える必要があります。みなさんが所属している組織は、リスク回避が得意でしょうか。それとも反復学習が得意でしょうか。デザイン思考は、不確実性の中で主観的な予測を行い、繰り返し学ぶ中でその精度を高めることに有効なツールです。目の前のチャンスを逃した銀行家にならないように、ぜひ社内で活用して下さい。

脚註

※1…Knight(2006)は広義の不確実性を「リスク」(risk)と「真の不確実性」(true uncertainty)の2つに分けています。今回紹介している不確実性は、後者の「真の不確実性」です。

※2…変化を機会と捉えて、うまく活用しようとする人のこと。創業者や従業員といった立場・所属に関係なく、イノベーションの担い手として欠かせない存在。

参考文献

  1. Drucker, P.F. (1985) Innovation and Entrepreneurship, Harper & Row.
  2. Knight, F. (2006) Risk, uncertainty and profit. Dover publications.
  3. Orrell, D. (2007) Apollo’s Arrow: The Science of Prediction and the Future of Everything, Harpper collins UK.(邦訳:『明日をどこまで計算で きるか ?』大田直子他訳 , 早川書房 , 2010)
  4. 酒井泰弘 (2012)「フランク・ナイト の経済思想 : リスクと不確実性の概 念を中心として」彦根論叢 , (394), 38–57.

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