なぜ、中国の最強テック企業は、政府からの出資を嫌うのか?

中国の目覚ましい経済成長の原動力は何か。その答えの一つとして、政府がベンチャーキャピタル(VC)市場に積極的に関与し、有望な民間企業に巨額の資金を供給する「国家資本主義」モデルが挙げられる。政府の強力な後押しを受けた民間企業が、イノベーションを牽引し、国富を増大させる――。この「官民一体」の成功物語は、世界中の注目を集めてきた。

しかし、もしその物語の裏側で、当の民間企業たちが、政府からの出資を「迷惑」だと感じているとしたら?もし、最も成長が期待される、最も優秀な企業ほど、政府との距離を置きたがっているとしたら、この国家資本主義モデルの未来は、本当に盤石と言えるのだろうか。

この根深く、複雑な課題に、私たちはどう向き合えばよいのだろうか。

なぜ、国からの「手厚い支援」が、企業の「足かせ」になるのか?

近年、日本でも、経済安全保障の観点から、政府が重要技術を持つスタートアップに直接出資する「特定重要技術研究開発拠点」制度などが議論されている。これは、国の将来を左右するような戦略的分野において、政府がより積極的にリスクマネーを供給すべきだという考え方に基づいている。

しかし、こうした「官製ファンド」の動きは、常に現場から歓迎されるとは限らない。中国の事例は、その難しさを浮き彫りにする。

ハイテク分野で急成長を遂げるスタートアップの経営者、佐藤さんも、このジレンマに直面していた。彼女の会社は、革新的な技術で国内外から高い評価を得ており、多くの民間VCから出資のオファーが殺到している。そんな中、ある政府系のVCからも、破格の条件での出資提案が舞い込んだ。

「政府のお墨付きが得られれば、事業の信用力は格段に上がる。規制の多いこの業界で、様々な許認可もスムーズに進むかもしれない」。しかし、佐藤は躊躇していた。政府系VCとの面談で、担当者から繰り返し尋ねられたのは、事業の収益性よりも、「この技術は、国のどの戦略に貢献できるのか」「政府が指定する地域に、工場を建設する意思はあるか」といった、政治的な質問ばかりだったからだ。

「私たちの目的は、世界を変える最高の製品を作ることだ。国の政策を実現するための駒になることではない」。佐藤は、政府からの資金が、自社の経営の自由を奪う「黄金の足かせ」になることを恐れていた。

このような課題が多くの国で他人事ではないのは、政府と民間企業とでは、その目的関数が根本的に異なるからだ。企業が「利益の最大化」を目指すのに対し、政府は「社会全体の厚生や、特定の政策目標の達成」を目指す。この目的の違いが、投資の意思決定プロセスにおいて、「政治的な介入」という名の摩擦を生み出す。特に、既存の枠組みを破壊するようなイノベーションを目指す企業にとって、この摩擦は、時に致命的な足かせとなりうるのだ。

複雑な課題を構造的に捉えるための「思考の道具」

佐藤さんが直面したようなジレンマを、単なるイデオロギーの対立として片付けるのではなく、構造的に分析するための思考の道具をいくつか紹介する。

「国家資本主義」というモデル
政府が市場に積極的に関与し、国有企業や政府系ファンドを通じて、民間企業の経営に影響力を行使する経済体制のこと。特に、ハイテク産業などの戦略的分野において、政府がリスクマネーの供給者となることで、イノベーションを加速させようとするのが特徴である。

VCPE市場における「二面市場」
ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティ(VCPE)市場は、資金の出し手である「リミテッド・パートナー(LP)」と、その資金を運用し、スタートアップに投資する「ジェネラル・パートナー(GP)」という、二つの側面を持つ市場である。この市場の効率性は、LPとGPがいかに円滑にマッチングするかにかかっている。

「政治的介入」という取引コスト
政府系のLPから出資を受けることは、GPにとって、様々な「政治的介入」を受け入れることを意味する。投資先の選定や経営方針について、利益最大化以外の目的(例:特定の産業の育成、雇用の創出など)を考慮するよう求められることは、GPにとって一種の「取引コスト」となる。

688社の本音:中国テック企業は「政府の金」を欲していない

この問いに対し、シカゴ大学のEmanuele Colonnelli教授らの研究チームが、経済学のトップジャーナルであるJournal of Political Economyで2024年に発表した論文は、大規模なフィールド実験という、極めて独創的な手法を用いて、この問題の核心に迫った。この研究は、中国のVCPE市場を舞台に、688社のGP(ファンド運営会社)を対象に、どのようなLP(投資家)を好むかを尋ねる、という架空のマッチングサービスを装った実験を行ったものである。

この研究が私たちに見せてくれるのは、中国の国家資本主義モデルの華やかな成功物語の裏に隠された、民間企業の「本音」――すなわち、政府からの出資に対する、根深い不信感と嫌悪感である。

1. 平均的に、企業は「政府系の投資家」を嫌う

実験で明らかになった最も衝撃的な事実は、GPが、他の条件がすべて同じであれば、「政府系のLP」を明確に避ける傾向があるということだ。政府との繋がりは、プラスどころか、マイナスの評価要因となっていた。

この発見が示唆するのは、多くのGPにとって、政府との繋がりから得られる潜在的なメリット(規制緩和や許認可の便宜など)よりも、政治的な介入によって経営の自由が奪われるデメリットの方が、はるかに大きいと認識されているという、厳しい現実である。

2. ただし、「地方政府」は例外的に歓迎される

しかし、この「政府嫌い」は、一様ではなかった。GPが最も嫌ったのは「中央政府」系のLPであり、次いで「省政府」系であった。一方で、「地方政府(市政府)」系のLPに対しては、嫌悪感は見られず、むしろわずかに好意的な反応さえ見られた。

これは、スタートアップの成長にとって、許認可や税制優遇といった、より身近なレベルでの支援を提供する地方政府との関係は、依然として重要であると認識されていることを示している。問題は、よりマクロな国家戦略を担う、中央政府の介入なのである。

3. そして、「最も優秀な」民間企業ほど、政府を強く拒絶する

この研究の最も重要な発見は、この「政府嫌い」の傾向が、GPのパフォーマンスによって大きく異なるという点だ。

驚くべきことに、政府系のLPに対する嫌悪感が最も強かったのは、「最もパフォーマンスの高い、民間のGP」だったのである。彼らは、自らの実力で高いリターンを生み出す自信があるからこそ、政府の介入を最も嫌い、経営の独立性を何よりも重視する。

一方で、政府自身が所有するGPや、パフォーマンスの低い民間のGPは、政府系のLPに対して、特に嫌悪感を示さなかった。これは、彼らが自力で資金を集めることが難しいがゆえに、政治的な介入というコストを、受け入れざるを得ない状況にあることを示唆している。

4. なぜ嫌うのか?――「政治的介入」への強い懸念

なぜ、これほどまでに政府系の投資家は嫌われるのか。研究チームが追加で行ったアンケート調査は、その理由を明確に示している。GPが最も懸念しているのは、「投資の意思決定プロセスへの政治的な介入」であった。

これは、国家資本主義モデルの根幹を揺るがす、深刻なアキレス腱と言える。政府が、イノベーションを牽引するはずの最も優秀な民間企業から、まさにその「政治的な目的」のゆえに、そっぽを向かれてしまっているのだ。

この「官民のすれ違い」は、対岸の火事ではない

もちろん、どのような優れた研究も、それ一つで全てを語ることはできない。Colonnelliらの研究は、中国のVCPE市場という、極めて特殊な政治・経済的文脈を対象としている。この結果を、民主主義と市場経済を基本とする日本の状況に、そのまま当てはめることはできないだろう。

しかし、この研究が投げかける本質的な問いは、国や体制を越えて普遍的な重要性を持つ。「政府が『良かれと思って』市場に介入するとき、その介入は、本当に市場の最もダイナミックなプレイヤーたちの創造性を引き出しているのか、それとも、むしろそれを阻害してはいないか」。この問いに、私たちは真剣に向き合う必要がある。

「支援」という名の「支配」を、どう乗り越えるか

では、完璧な答えがないとわかった上で、私たちはこの複雑な問題とどう向き合えばよいのだろうか。

ここまでの話から見えてくるのは、政府によるイノベーション支援が、単なる資金供給の問題ではなく、政府と民間企業との間の、デリケートな「信頼」と「自律性」のバランスの上に成り立つ、という揺るぎない事実だ。重要なのは、政府が市場に介入すべきか否か、という二元論的な議論ではない。介入する際に、いかにして民間企業の自律性を尊重し、「支援」が「支配」へと転化するのを防ぐか、という制度設計の知恵が問われている。

最初のステップ:あなたの会社の「見えざる政府との距離感」を測る

  • 私たちの会社は、政府からの補助金や、政府系金融機関からの融資、あるいは政府系ファンドからの出資を受けているだろうか。

  • もし受けているとすれば、その関係性は、私たちの経営の意思決定に、どのような影響(プラスとマイナスの両面で)を与えているだろうか。

  • 私たちは、政府との関係性から得られるメリットを最大化しつつ、経営の自律性を守るための、明確な「一線」を引けているだろうか。

次のステップ:チームで「賢い政府との付き合い方」を構想する

個人の内省から得た気づきは、チームの対話を通じて初めて、組織の力へと昇華する。以下の論点を、次の戦略会議のテーブルに乗せてみてはどうだろうか。

  • 「官」と「民」の目的関数の違いを理解する: 政府が私たちの事業に期待していることは何か(利益、雇用、地域振興、技術覇権など)。その期待と、私たちの事業目的との間に、どのようなシナジーとコンフリクトが存在するか。

  • 「政治的介入」のリスクをヘッジする: 政府系の投資家と交渉する際には、投資契約の中に、経営の自律性を担保するための条項(例:取締役会の議決権に関する取り決め、特定の事業への投資を強制されない権利など)を、明確に盛り込むべきではないか。

  • 「地方政府」との連携を強化する: マクロな国家戦略を掲げる中央政府よりも、地域の産業振興や規制緩和といった、より具体的な課題を共有できる地方政府との連携を、戦略的に強化することはできないだろうか。

  • パフォーマンスで「交渉力」を高める: 結局のところ、政府の介入を最も効果的に退けることができるのは、誰の助けも借りずに自力で成長できる、圧倒的な事業パフォーマンスである。私たちは、政府に依存しないでも生き残れるだけの、強靭なビジネスモデルを築けているだろうか。

#️⃣【タグ】
国家資本主義, ベンチャーキャピタル, 政府系ファンド, 政治的介入, フィールド実験

📖【書誌情報】
Colonnelli, E., Li, B., & Liu, E. (2024). Investing with the government: A field experiment in China. Journal of Political Economy, 132(1), 248–294.