燃え尽きる人と乗り越える人の違い

オ⁠ーデ⁠ィオ ブロ⁠ック
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なぜ、同じように困難な状況に直面しても、あるリーダーは粘り強く挑戦を続け、別のリーダーはまるで燃え尽きたかのように意欲を失ってしまうのか。私たちはこの違いを、個人の性格や精神的な強靭さ、あるいは「根性」の問題として片付けてしまいがちだ。しかし、もしこの差が、個人の資質だけでは説明できない、もっと構造的なメカニズムによって生じているとしたらどうだろうか。この根深く、多くの組織が直面する課題に、私たちはどう向き合えばよいのだろうか。

その「休んでもやる気が出ない」という、見えざる罠

新規事業を率いるリーダーの田中は、プロジェクトの度重なる難航に心身ともに疲れ果てていた。周囲からは「週末は仕事のことを忘れて、しっかり休め」とアドバイスされる。彼はその言葉に従い、趣味のキャンプに没頭し、デジタルデバイスからも距離を置いた。しかし、月曜日の朝、オフィスに向かう足取りは依然として重い。「休んだはずなのに、なぜエネルギーが湧いてこないんだ…?」この問いは、田中の心の中で何度も繰り返された。

田中のような悩みは、多くのリーダーにとって他人事ではない。私たちは長らく、仕事のストレスはプライベートな時間で解消するものだと考えてきた。しかし、事業の成功に深くコミットし、その存在自体がアイデンティティの一部となっているリーダーにとって、仕事とプライベートを綺麗に切り分けることは極めて難しい。この「休息すれば回復する」という一見正しい常識が、実は深刻なエネルギー枯渇からの回復を妨げる「見えざる罠」になっているのかもしれない。

キーコンセプト解説

この複雑な問題を、単なる根性論や感情論で終わらせないために、構造的に分析するための「思考の道具(レンズ)」を二つ紹介したい。

「約束」がエネルギーを消費するメカニズム
リーダーは日々、顧客や投資家、チームメンバー、そして自分自身に対して、数多くの「約束」を交わしている。それは「必ずこの目標を達成する」といった明示的なものから、「この事業には価値があるはずだ」という暗黙的な信念まで様々だ。このような現象は、経営学において「起業家としての約束(Entrepreneurial Promises)」と呼ばれており、リーダーの精神的なエネルギーを消費する主要な要因とみなされている。この「約束」を果たそうと奮闘する過程でエネルギーは消費され、約束が守られることでエネルギーは部分的に回復する。

「ガス欠」と「バッテリーの劣化」は違う
一時的にエネルギーが切れる「ガス欠」状態と、回復機能そのものが損なわれる「バッテリーの劣化」は、似て非なるものだ。後者は、単なる疲労ではなく、事業そのものへの信念が揺らぎ、「こんなはずではなかった」という深い幻滅(disillusionment)を伴う。このような、事業を推進するための活力が持続的に欠如した深刻な状態は、心理学の文脈では「起業家疲労(Entrepreneurial Fatigue)」と呼ばれ、リーダーのウェルビーイングを考える上で極めて重要な概念とされている。

なぜ、休んでも回復しないのか?――データが暴く「起業家疲労」の構造

この根源的な問いに対し、ドイツの14のスタートアップに所属する38人の創業者を16ヶ月間にわたって追跡した、ある質的調査が新しい視点を提供している。この研究は、創業者たちのインタビューを通じて、彼らの精神的なエネルギーがどのように変動し、何がその浮き沈みを引き起こすのかを、深く、動的に解き明かそうとしたものである。

回復の鍵は「仕事の外」から「仕事の中」へ

この研究が私たちに見せてくれるのは、エネルギー回復のメカニズムが、その枯渇レベルによって劇的に変化するという光景だ。創業者のエネルギーが一時的に低下している段階では、週末に趣味に没頭したり、家族と過ごしたりといった「仕事の外での回復」が有効に機能していた。

しかし、ひとたび「起業家疲労」という深刻なエネルギー枯渇状態に陥ると、この常識は通用しなくなる。むしろ、仕事から距離を置こうとすることは、事業への関心をさらに低下させ、最終的な離脱(Exit)を早める結果にさえ繋がっていた。この深刻な状態から彼らを救い出したのは、休息ではなかった。それは、共同創業者からの「君ならできる」という励ましや具体的な業務サポート、あるいは顧客からの「あなたたちの製品のおかげで助かった」という直接的な感謝の声など、「仕事の中」で生まれるポジティブな人間関係、すなわち「力を与える社会的ダイナミクス(empowering social dynamics)」だったのである。

この結果が浮き彫りにするのは、リーダーの「燃え尽き」に対する私たちの思い込みだ。「疲れているなら休むべき」という善意のアドバイスは、症状が軽いうちは有効だが、深刻な段階では的外れ、あるいは有害にすらなりうる。問題の本質は単なる「休息の不足」ではなく、「仕事における意味と肯定感の喪失」にあるのではないか。この発見は、私たちの思考の前提をそのように問い直す。

「幻滅」こそが、エネルギー枯渇の引き金だった

では、何が創業者を単なるエネルギー低下から、深刻な「起業家疲労」へと突き落とすのだろうか。研究データが指し示した犯人は、多忙さやストレスそのものではなかった。真の引き金は、自分が立てた「約束」が、現実には果たせないという経験が繰り返されることによって生まれる、「幻滅(disillusionment)」だったのである。

興味深いことに、同じベンチャーで同じような困難に直面していても、「起業家疲労」に陥る創業者とそうでない創業者がいた。その境界線は、客観的な状況の厳しさではなく、その状況に対して「こんなはずではなかった」「自分たちのやっていることに意味はあるのか」という主観的な幻滅を感じるかどうかにあった。自分自身やチーム、そして事業の将来に対する根源的な信念が揺らいだ時、エネルギーは急速に、そして持続的に失われていったのだ。

これは、リーダーの精神状態を健全に保つためには、単に労働時間を管理するだけでは不十分であることを強く示唆している。むしろ、リーダーが掲げるビジョンや「約束」が、日々の活動の中で意味を失っていないか、チーム全体で共有され、肯定されているか、といった「意味の一貫性」を常に点検し、維持することが不可欠なのかもしれない。

その支援は「快適な揺りかご」か、それとも「鋭い思考の砥石」か?

私たちは、心身ともに疲弊したリーダーに対し、善意から「とにかく休んでほしい」と願う。しかし、これまでの議論から見えてくるのは、深刻なエネルギー枯渇の問題が、単なる「休息の量」の問題ではなく、仕事の中での「意味の喪失」と「肯定的な人間関係の欠如」という、より構造的な課題に根差している可能性だ。

この課題を乗り越えるには、「休むこと=回復」という単純な図式から脱却し、仕事の中にこそ回復の機会があるという、新しいパラダイムへと移行する必要がありそうだ。その上で、自分自身、あるいはチームのリーダーに対し、私たちは次のような、より解像度の高い問いを投げかけることができるだろう。

  • 私たちのチームでは、リーダーが「約束を果たせない」と感じるような、過大な目標やリソース不足、あるいは矛盾した指示を放置していないだろうか?

  • リーダーが精神的に消耗している兆候を見せた時、私たちは「しっかり休んでください」と声をかけるだけでなく、仕事の中で彼/彼女の努力を具体的に認め、タスクを分担するような「力を与える関係」を築けているだろうか?

  • もし今、自分自身が仕事に「幻滅」を感じ始めているとしたら、それは誰に対する、どのような「約束」が破られていると感じるからだろうか? その「約束」を、もう一度チーム全体で現実的なものとして再定義し、共有し直すことはできないだろうか?

参考文献
Kakatkar, A., Patzelt, H., & Breugst, N. (2024). Towards a dynamic model of entrepreneurial energy. Entrepreneurship Theory and Practice, 48, 1037-1081.