新規事業は「新しさ」だけでは成功しない。では何が必要か?

「これまでにない、革新的なビジネスモデルを考えよう」。会議室で、あるいは新規事業のブレインストーミングで、私たちは何度この言葉を耳にしてきただろうか。イノベーションが企業の成長に不可欠とされる現代において、「新しさ」は絶対的な価値を持つかのように語られる。しかし、鳴り物入りで始まったはずの画期的なサービスや事業が、いつの間にか市場から姿を消していく光景もまた、私たちは数多く目にしてきた。

なぜ、最高のアイデアから生まれたはずのビジネスが、期待された成果を上げられずに終わってしまうのか。それは、私たちが「新しさ」という一点の輝きに目を奪われるあまり、ビジネスという複雑なシステムを動かす他の重要な歯車――地味だが不可欠な効率性、顧客を繋ぎ止める仕組み、そして自社の戦略や環境との適合性――を見過ごしてしまっているからではないだろうか。

「新しさ」という魅力的な響きに惑わされず、本当に持続的な価値を生むビジネスを構築するために、私たちは一体、何と何を組み合わせるべきなのだろうか。

なぜ、革新的なアイデアは、利益に繋がらないのか?

スタートアップ「コネクトX」の創業者、高橋は途方に暮れていた。彼が開発した、地域の小規模店舗と消費者をリアルタイムで繋ぐプラットフォームは、画期的なアイデアとしてメディアにも取り上げられ、初期のユーザー登録は爆発的に伸びた。高橋は「この『新しさ』さえあれば、市場を席巻できる」と確信していた。

しかし、熱狂は長くは続かなかった。プラットフォームの運営は思った以上に煩雑でコストがかさみ、収益化の目処が立たない。そうこうしているうちに、潤沢な資金を持つ後発の競合が、より洗練された効率的なシステムで同様のサービスを開始し、あっという間に市場シェアを奪っていった。「コネクトX」には、ユーザーを繋ぎ止める強力な仕組みも、他のサービスとの連携もなかった。「アイデアは最高だったはずなのに、どこで間違えたんだ…」。高橋は、価値を「創造」することと、それを事業として「成功」させることが全く別のゲームであることを痛感していた。

高橋の経験は、決して特殊な例ではない。「破壊的イノベーション」や「ビジネスモデル革新」といった言葉が経営のバズワードとなり、多くの企業が「新しさ」の追求に躍起になっている。新しい価値を創造することは、もちろん重要だ。しかし、その価値をいかにして自社の利益として「獲得」するかという、より地道で戦略的な視点がなければ、ビジネスは砂上の楼閣に過ぎない。多くの企業が、価値創造という華やかな舞台に夢中になるあまり、価値獲得という舞台裏の地味な仕組みづくりを怠り、失敗の罠に陥っている。

キーコンセプト解説

この問題を構造的に理解するために、いくつかの「思考の道具」が役立つ。

価値創造と価値獲得のジレンマ
ビジネスが行う活動は、顧客にとっての価値を生み出す「価値創造」と、その価値の一部を自社の利益として確保する「価値獲得」の二つに大別される。画期的な製品やサービスは価値創造に貢献するが、それだけでは利益は生まれない。競合の模倣を防いだり、顧客に選ばれ続けたりする仕組みがあって初めて、価値獲得が可能になる。この二つのバランスをどう取るかは、経営における根源的なジレンマである。このような現象は、経営戦略論では**「価値創造と価値獲得(Value Creation and Value Capture)」**というフレームワークで議論されており、ビジネスモデルを評価する上での基本的な視点となる。

組み合わせの妙(コンフィギュレーション)
企業の成功は、一つの優れた要素だけで決まるのではなく、複数の要素(例えば、ビジネスモデル、戦略、組織構造など)が互いにいかにうまく「噛み合っているか」で決まるという考え方がある。ビジネスモデルを、独立した部品の寄せ集めではなく、各歯車が相互に影響し合って動く一つの精巧な機械(システム)として捉える視点だ。このような現象は、経営学では**「コンフィギュレーション理論(Configuration Theory)」**と呼ばれており、個別の要素の優劣だけでなく、要素間の「フィット」や「整合性」の重要性を教えてくれる。

トレードオフか、シナジーか
一般的に、「新規性」の追求と「効率性」の追求は、両立が難しいトレードオフの関係にあると考えられがちだ。しかし、特定の条件下では、これらの要素が互いを補い合い、単独で存在するよりも大きな価値を生み出すことがある。例えば、新しいテクノロジー(新規性)を活用して、これまで不可能だったレベルの運営効率を実現するケースなどがこれにあたる。このような要素間の相乗効果は、経営学で**「補完性(Complementarity)」**という概念で説明され、戦略的な組み合わせの可能性を探る上で重要なレンズとなる。

最新研究が提供する新しい視点

この根深い問いに対し、IE大学、ジョージタウン大学、ミュンヘン工科大学の研究者らによる論文は、極めて重要な示唆を与えている。この研究は、インターネットが新技術だったドットコム期(1999年)の企業125社と、技術が成熟した現代(2014年)の企業169社、合計294社の公開データを分析。単なる相関関係ではなく、複数の要因の「組み合わせ」が結果をどう導くかを解明する「ファジー集合質的比較分析(fsQCA)」というユニークな手法を用いて、ビジネスモデルの成功法則を探求した。

「新しさ」単体では、高い成果に繋がらない

研究が明らかにした最も基本的な事実は、ビジネスモデルの「新規性」だけを特徴とする組み合わせでは、高いパフォーマンスを達成した企業は一社も存在しなかった、というものだ。それどころか、技術が成熟した現代の市場においては、「新規性」だけを追求するビジネスモデルは、むしろ高いパフォーマンスを達成できない要因の一つとなっていた。

この結果が浮き彫りにするのは、「新しいアイデアさえあれば何とかなる」という、多くの起業家や経営者が抱きがちな幻想の危うさである。価値を「創造」するエンジンとしての新規性は、それを着実に利益へと変えるための価値「獲得」の仕組み、すなわち効率性や顧客の囲い込みといった要素とセットでなければ、空回りしてしまう可能性が高いのだ。

「新しさ」と「効率性」は、敵ではなく味方になりうる

次に、研究は「新規性」と「効率性」という、従来トレードオフの関係にあるとされてきた二つの要素の関係に光を当てた。分析の結果、高いパフォーマンスを達成した企業の成功パターンの多くで、この二つの要素は「補完的な関係」として同時に存在していた。特に、競争の激しい市場で、他社との違いを打ち出す「差別化戦略」をとる企業において、この組み合わせは極めて有効であることが示された。

これは、「イノベーションのためにはコストを度外視すべきだ」「効率化は創造性を殺す」といった、硬直した二元論的思考に見直しを迫るものである。むしろ、新しい技術やアイデア(新規性)を駆使して、競合が真似できないレベルの運営効率を実現することこそが、現代における強力な競争優位の源泉となりうることを示唆している。

成功の「組み合わせ」は、企業の規模や環境によって変わる

この研究はまた、ビジネスモデルに「唯一絶対の正解」は存在しないことも明らかにしている。成功するための最適な「組み合わせ」は、企業の状況によってダイナミックに変化するのだ。例えば、技術が成熟した現代の市場において、小規模な企業が高いパフォーマンスを達成するためには、新規性、効率性、ロックイン、補完性といった多くの要素を巧みに組み合わせた、より「複雑な」ビジネスモデルが必要だった。一方で、リソースの豊富な大企業は、より「シンプルな」組み合わせでも成功することができた。

この発見は、他社の成功モデルを安易に模倣することの危険性を教えてくれる。自社の規模、競争環境、そして自らが拠って立つ技術の成熟度といったコンテクストを冷静に見極め、自社にとって最適な要素の組み合わせを主体的にデザインすることの重要性を、この研究は強く物語っている。

ただし、黎明期に「超」高パフォーマンスを狙うなら「新しさ」は不可欠

最後に、この研究は「新しさ」が決定的な役割を果たす条件も特定している。ドットコム期のような、新しい技術が登場したばかりの黎明期において、「極めて高いパフォーマンス」を達成した企業の成功パターンには、必ず「新規性」が中核的な要素として含まれていた。市場のルールがまだ固まっていない未成熟な環境では、「新しさ」こそがゲームのルールを根底から変える力を持っていたのだ。

しかし、このパターンは技術が成熟した現代の市場では見られなかった。これは、市場が成熟するにつれて、「新しさ」そのものの価値は相対的に低下し、それ以外の要素(効率性や補完性など)との、より洗練された組み合わせの巧拙が勝敗を分けるようになることを示唆している。イノベーションの「旬」を見極め、自社のビジネスモデルを環境の変化に合わせて進化させていくことの重要性がここにある。

結論:今日から何を問いかけ考えるべきか

これまでの議論を踏まえると、ビジネスモデルを考える上で私たちが持つべき視点は、もはや「新しさ」という単一の要素の有無ではなく、ビジネスを構成する様々な要素がいかに精巧に「組み合わされているか」という、システム全体への視点であることがわかる。価値創造と価値獲得の歯車が、戦略や環境と噛み合い、滑らかに回転しているか。それこそが問われなければならない。

この課題を乗り越えるために、私たちは自社のビジネスモデルに対し、これまでとは違う、より解像度の高い問いを立てることから始めることができるだろう。

  • 私たちのビジネスモデルは、価値を「創造する」仕組みと、それを利益として「獲得する」仕組みが、うまく噛み合っているだろうか? どちらか一方に偏ってはいないか?

  • 私たちは「新規性」と「効率性」を二者択一のトレードオフと決めつけて、両者を高いレベルで両立させるような、創造的な工夫を怠ってはいないだろうか?

  • 現在のビジネスモデルの「組み合わせ」は、自社の規模や競争環境に本当にフィットしているだろうか? 成功企業の模倣ではなく、自社ならではの最適な組み合わせとは何かを、私たちは真剣に議論しているだろうか?

参考文献

Leppänen, P., George, G., & Alexy, O. (2023). When do novel business models lead to high performance? A configurational approach to value drivers, competitive strategy, and firm environment. Academy of Management Journal, 66, 164-194.