新しい事業を立ち上げるという航海において、誰を共同創業者として船に乗せるかは、その後の運命を左右する最も重要な決断の一つである。それは、単なるビジネスパートナー選びではなく、未来を共にする運命共同体を形成する、いわば「事業における結婚」にも等しい。目の前には二人の候補者がいる。一人は、業界でも名の知れた、卓越したスキルを持つが気難しい天才。もう一人は、スキルはそこそこだが、長年の付き合いで気心知れ、絶対的な信頼を置ける旧友。あなたなら、どちらを選ぶだろうか。
この「能力」と「相性」のトレードオフは、多くのリーダーが直面する普遍的なジレンマである。私たちはこの選択を、個人の価値観や直感の問題として片付けてしまいがちだ。しかし、もしこの決断の背後に、ジェンダーという、見えざる、しかし極めて強力な力が働いているとしたらどうだろうか。もし、女性と男性とでは、この究極の選択において、体系的に異なる判断を下す傾向があるとしたら。この根深く、しかし目を背けることのできない問いに、私たちはどう向き合えばよいのだろうか。
その「人柄重視」が、成長の機会を奪う静かな病かもしれない
この問題は、決して抽象的な議論ではない。日本においても、スタートアップへの投資額におけるジェンダーギャップは依然として大きい。2024年5月にForbes JAPANが報じたところによると、日本の女性起業家が調達する資金は、男性起業家の半分以下に留まっているという厳しい現実がある。 この資金調達の格差の背景には、投資家側のバイアスだけでなく、起業家自身がどのようなチームを組成するかという、初期の戦略的選択が影響している可能性が指摘されている。
こうしたマクロな課題は、私たちの現場にどのような形で現れるだろうか。あるヘルステック分野で起業した、佐藤さんのチームを想像してみてほしい。彼女は、事業のアイデアには絶対の自信を持っていたが、自身に不足している技術開発の知見を補うため、共同創業者を探していた。候補は二人。一人は、国内トップクラスのAIエンジニアで、投資家からの評価も高いが、これまで接点はなかった。もう一人は、前職の同僚で、技術力は前者ほどではないが、人柄を深く信頼しており、何でも話せる関係性の鈴木氏。長時間悩み抜いた末、佐藤さんは鈴木氏を選んだ。「この事業は長期戦になる。何よりも、困難な時期を共に乗り越えられる信頼関係が重要だ」。彼女の判断は、チームの安定性を重視した、賢明な選択に見えた。しかし、その選択が、後の資金調達ラウンドで、投資家から「技術的な深みが足りない」と評価される一因になるとは、この時の彼女は知る由もなかった。
多くの女性起業家が直面するこのような状況は、単に個人の決断の問題としてではなく、より構造的なジレンマとして捉える必要がある。それは、投資家が期待する「理想のチーム像」と、女性が本来的に求める「理想の人間関係」との間に横たわる、深い溝の問題なのである。
ゲームのルールを読み解く:「正当性」と「自己観」という二つの座標軸
佐藤さんが直面したようなジレンマを、感情論や根性論で終わらせないために、この問題を構造的に理解するための概念的なレンズを手にしてみよう。
投資家が求める「お墨付き」:「正当性(Legitimacy)」
新しい事業が、投資家や顧客といった外部のステークホルダーから「この事業は信頼でき、成功する可能性が高い」と認識される度合いは、その後の成長を大きく左右する。輝かしい学歴や職歴、特許の取得、有力なパートナーとの提携といった要素は、事業の「お墨付き」として機能する。このような現象は、経営学の世界で『正当性(Legitimacy)』と呼ばれており、特にリソースの乏しいスタートアップにとっては、資金調達や人材獲得の生命線となる。
「私」を定義するもの:「相互協調的な自己観(Interdependent Self-Construal)」
人は、「自分とは何者か」という問いに対して、二つの異なる捉え方をする傾向がある。一つは、自らの内的な属性(能力、性格、実績など)によって自己を定義する「独立的自己観」。もう一つは、他者との関係性(友人、家族、同僚など)の中で自己を定義する「相互協調的な自己観」である。心理学の研究によれば、一般的に女性は男性に比べて、後者の相互協調的な自己観を強く持つ傾向にあるとされる。この自己観の違いが、人間関係の築き方や、集団内での振る舞いに大きな影響を与えると考えられている。
9,000人超のデータが暴く、共同創業者選びのジェンダー・ダイナミクス
この複雑な問いに、複数の大規模なデータを用いて光を当てた画期的な研究がある。経営学者のスティーブン・M・グレイ氏らが発表したこの研究は、著名なアクセラレーターであるYコンビネーターの共同創業者マッチングプラットフォームに登録された9,306人のプロフィールデータなどを分析し、共同創業者選びにおける男女の戦略的な違いと、その背景にある心理的メカニズム、そしてその選択が変化する「条件」を明らかにした。
原則:「相性」を優先する女性、「スペック」を譲らない男性
この研究が私たちに見せてくれる最初の光景は、共同創業者選びにおける、明確なジェンダー差の存在である。分析の結果、女性起業家は男性起業家に比べて、共同創業者を選ぶ際に、信頼関係や親近感といった「対人関係の魅力(Interpersonal Attraction)」を重視し、スキルや経験といった「資源(Resource)」を軽視する傾向が統計的に有意に示された。 [論文]
この発見の背景には、女性が男性よりも強く持つ「相互協調的な自己観」が存在することを、研究は突き止めている。 [論文] 他者との関係性の中で自己を定義する傾向が強い女性にとって、共同創業者とは単なるビジネスパートナーではなく、自らのアイデンティティの一部を構成する重要な他者である。そのため、調和的で安定した関係性を築けるかどうか、すなわち「相性」が、極めて重要な選択基準となるのだ。
例外:追い詰められたとき、女性は「非情」になれる
しかし、この物語はここで終わらない。この研究の最も興味深い発見は、この原則が覆される「例外的な条件」の存在を明らかにしたことにある。それは、事業の「正当性(Legitimacy)」が低い、つまり、客観的に見て成功の確証が乏しく、投資家からの信頼を得られていない状況に置かれた時である。
分析の結果、正当性が低い状況下では、女性起業家は自らの個人的な好みを抑え、戦略を大きく転換させることが示された。彼女たちは、対人関係の魅力を重視する度合いを下げ、逆に、事業の成功に不可欠なスキルや経験といった「資源」を重視する度合いを、男性以上に高めるのだ。 [論文] 一方で、男性起業家の選択基準は、事業の正当性の高低にほとんど影響されなかった。 [論文]
この結果が浮き彫りにするのは、女性起業家が持つ、驚くべき「戦略的柔軟性」である。彼女たちは、自らの相互協調的な自己観ゆえに、周囲の期待や状況の変化を敏感に察知し、それに応じて自らの行動を適応させる能力に長けている。普段はチームの「生存(安定性)」を支える対人関係を重視するが、事業の存続が危ぶまれる状況では、外部からの信頼を勝ち取り「成長」を確実にするため、より功利的な判断へと舵を切ることができるのだ。
この羅針盤は、すべての航海を導けるか?
紹介した知見は、共同創業者選びというブラックボックスに、ジェンダーと状況という二つの光を当て、その内部構造を鮮やかに描き出している。しかし、この研究結果を、あらゆる組織や文化に適用可能な普遍的な法則として捉えるのは早計だろう。
この研究の舞台は、主に米国のスタートアップ・エコシステムであり、そこでの「正当性」の基準や、ジェンダーに対する期待は、日本のビジネス環境とは異なる可能性がある。例えば、日本では、実績やスキルといった「スペック」以上に、出身大学や過去の所属企業といった「属性」が、正当性のシグナルとしてより強く機能するかもしれない。
また、この研究は「女性」「男性」という二元的なカテゴリーで分析を行っているが、現実のリーダーたちは、ジェンダーだけでなく、年齢、国籍、専門分野といった、多様なアイデンティティの交差点に生きている。これらの要素が複雑に絡み合うことで、共同創業者選びの力学は、さらに多様な様相を呈するだろう。
突き詰めれば、この研究が私たちに突きつけるのは、完成された「答え」ではない。むしろ、「私たちの組織は、多様なリーダーたちが、それぞれの状況に応じて最適なチームを組成することを、本当に支援できているか」という、より本質的な問いなのである。
「生存」と「成長」の二兎を追う:あなたのチームビルディング戦略を再設計する方法
これまでの議論が示すのは、共同創業者選びが、単一の正解がない、極めて状況依存的な戦略的判断であるという事実だ。重要なのは、「スペックか、相性か」という二者択一の罠に陥ることなく、自社の事業フェーズや外部環境に応じて、両者のバランスを意識的にデザインするという、新しい姿勢を持つことである。
まず、あなた自身の「無意識の航路図」を点検する
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あなたがチームメンバーを選ぶ際、無意識のうちに「自分と似たタイプ」や「一緒にいて心地よい人」ばかりを集めてはいないだろうか。その選択が、チームに必要な多様性や専門性を損なってはいないか。
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逆に、候補者の輝かしい経歴やスキルに目を奪われるあまり、その人物がチームの文化や価値観と本当に適合するのか、という視点を見過ごしてはいないだろうか。
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あなたのチームは今、外部からの「正当性」を何よりも必要としている段階か、それとも内部の「結束力」を固めるべき段階か。その診断に基づいて、次に採用すべき人材の要件は明確になっているだろうか。
次に、チームで描く「未来の航海憲章」
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これらの内省から得られた気づきを、ぜひチームとの対話の出発点としてほしい。
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私たちのチームが、次のステージに進むために、今最も必要としているのはどのような「資源(スキル、経験、ネットワーク)」か。そして、それを補うために、どのような人物像が理想的かを具体的に描き出してみよう。
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同時に、私たちがチームとして長期的に「生存」していくために、絶対に譲れない価値観や行動規範は何か。新しいメンバーが、その「憲章」に心から共感できる人物かどうかを、どのようにして見極めることができるだろうか。
#タグ
リーダーシップ、ダイバーシティ&インクルージョン、アントレプレナーシップ、チームビルディング、アンコンシャス・バイアス
📖 書誌情報
Gray, S. M., Howell, T., Strassman, J., & Yamamoto, K. (2024). Credentials or Chemistry? Entrepreneur Gender and Cofounder Selection. Academy of Management Journal, 66(1), 164–194.