会計の自動化が、かえって巨大な不正の温床となるメカニズム

会計や財務報告の領域で、自動化の波が急速に押し寄せている。AIやRPA(Robotic Process Automation)といったテクノロジーは、これまで人間が手作業で行ってきた煩雑な業務を代替し、効率性と正確性を飛躍的に向上させると期待されている。多くの専門家やコンサルタントは、この変化を「会計の未来」と称賛する。

しかし、その輝かしい未来の裏側で、新たなリスクが静かに、しかし確実に芽生えているとしたらどうだろうか。もし、自動化という「完璧に見えるシステム」への過信が、皮肉にも、これまで人間が行ってきた地道な「監視」の目を曇らせ、かえって大規模な不正やエラーを見逃す温床となっているとしたら。

この根深く、複雑な課題に、私たちはどう向き合えばよいのだろうか。

なぜ、「完璧なシステム」が、最悪の事態を招くのか?

近年、日本でも企業のDX推進の一環として、会計システムの自動化が積極的に進められている。例えば、多くの企業が導入するクラウド会計ソフトは、請求書の発行から仕訳、決算書の作成まで、一連のプロセスを自動化し、経理部門の業務を大幅に効率化している。

しかし、こうしたテクノロジーの導入は、常に良い結果だけをもたらすとは限らない。むしろ、新たなリスクを生む可能性を、私たちは十分に認識しているだろうか。

大手商社の経理部門で働く佐藤さんも、この問題に直面していた。彼女の会社では、経費精算の承認プロセスをAIで自動化するシステムを導入した。システムは、過去のデータから不正や誤りのパターンを学習し、異常な申請を自動で検知してくれる。導入当初、監査役会や外部監査人からの評価は上々だった。「これで、人的なミスや不正は大幅に減るだろう」。誰もがそう信じていた。

しかし、数年後、事態は一変する。ある社員が、システムの盲点を突いた巧妙な手口で、長期間にわたり多額の不正経費を請求していたことが発覚したのだ。なぜ、誰も気づかなかったのか。調査の結果、驚くべき事実が明らかになった。システムの導入後、監査役会の会議回数は減少し、外部監査人も、かつてほど詳細なチェックを行わなくなっていたのだ。「システムが完璧に機能している」という思い込みが、組織全体の「監視の目」を麻痺させていたのである。

このような課題が多くの企業で他人事ではないのは、私たちがテクノロジーを導入する際、その「便益」に目を奪われるあまり、それがもたらす「副作用」を見過ごしがちだからだ。会計の自動化は、確かにヒューマンエラーを減らす。しかし、それは同時に、これまで人間が担ってきた「ダブルチェック」や「肌感覚での違和感の察知」といった、非公式ながらも重要な監視機能を形骸化させてしまう。この「監視の空白」こそが、自動化時代における、新たな、そしてより深刻なリスクの源泉なのである。

複雑な課題を構造的に捉えるための「思考の道具」

佐藤さんが直面したようなジレンマを、単なる個別の不正事件として片付けるのではなく、構造的に分析するための思考の道具をいくつか紹介する。

内部統制における「人的要因」
企業の財務報告の信頼性を担保する「内部統制」は、その多くを人間の注意力や誠実さに依存している。そのため、うっかりミスや判断の誤り、あるいは意図的な不正といった「人的要因」が、内部統制の弱点となる。会計自動化の最大の価値は、この人的要因を排除し、統制を強化することにある。

テクノロジーへの過信と「監視の縮小」
しかし、自動化によって内部統制が強化されたという「認識」が広まると、経営者や監査役、外部監査人といった監視者たちの間で、「もはや以前ほど厳密な監視は必要ない」という油断が生まれる可能性がある。このテクノロジーへの過信が、監査工数の削減や監査委員会の会議回数の減少といった、具体的な「監視の縮小」に繋がる。

リスクの「潜伏」と「重大化」
監視が手薄になると、システムの盲点を突くような新たな不正や、予期せぬエラーのリスクが、水面下で「潜伏」し、増大していく。そして、一度問題が表面化したときには、それはもはや些細なミスではなく、企業の存続を揺るがしかねない「重大な」問題へと発展している。つまり、自動化はエラーの「発生頻度」を減らす一方で、一度発生した際のエラーの「深刻度」を高めるという、皮肉な結果をもたらす可能性がある。

自動化は「諸刃の剣」――データが示す光と影

この問いに対し、Musaib Ashraf (2025)が会計学のトップジャーナルであるReview of Accounting Studiesで発表した研究は、米国の上場企業における実際のデータを基に、会計自動化が財務報告に与える影響を実証的に解明した、画期的なものである。この研究は、企業の有価証券報告書(10-K/10-Q)のテキスト分析から、会計プロセスに自動化を導入した企業を特定し、その後の内部統制の状況や、監査のあり方がどう変化したかを追跡調査した。

この研究が私たちに見せてくれるのは、会計の自動化が、財務報告の質を向上させるという「光」の側面と、組織の監視機能を低下させ、かえって重大なリスクを生み出すという「影」の側面を併せ持つ、「諸刃の剣」であるという、極めて重要な光景だ。

1. 自動化は、財務報告の信頼性を「確かに」向上させる

まず、研究が明らかにしたのは、会計プロセスに自動化を導入した企業では、内部統制上の「重大な不備(Material Weakness)」が発見される確率が、有意に低下するという事実だ。これは、自動化がヒューマンエラーや不正行為を防ぎ、財務報告の信頼性を高めるという、テクノロジー推進派の主張を裏付けるものである。

この発見が示唆するのは、自動化が、内部統制を強化するための有効なツールであるという、ポジティブな側面だ。特に、経費精算や売掛金管理といった、定型的でエラーが発生しやすい領域において、その効果は大きいと考えられる。

2. しかし、その代償として「監視」が手薄になる

しかし、物語はここで終わらない。研究はさらに、自動化の導入が、組織の「監視」のあり方に、興味深い変化をもたらすことを発見した。

自動化の導入直後の数年間は、むしろ監査費用や監査委員会の会議回数は「増加」する。これは、監査人や監査役が、新しいシステムを理解し、その信頼性を評価するために、一時的に監視を強化するためだと考えられる。しかし、ひとたびシステムへの信頼が確立されると、その後の監査費用と会議回数は、導入前よりも低い水準にまで「減少」していくのだ。

これは、自動化がもたらす「負の副作用」を明確に示している。「システムがうまく機能している」という認識が、皮肉にも、組織全体の監視レベルを低下させてしまうのである。

3. そして、いざ問題が起きると「被害はより甚大」になる

監視が手薄になった結果、何が起きるのか。研究は、その恐るべき帰結をデータで示している。

自動化を導入した企業で、それでもなお内部統制の不備が発見された場合、そのニュースが公表された際の株価のネガティブな反応は、自動化を導入していない企業よりも、有意に「大きい」ことがわかった。

この事実は、自動化された環境下で発生する問題が、市場から「より深刻なもの」として受け止められることを意味する。監視の空白地帯で育ったリスクは、一度表面化すると、企業の信頼を根底から揺るがす、致命的なダメージとなりうるのだ。

この「自動化の罠」は、対岸の火事ではない

もちろん、どのような優れた研究も、それ一つで全てを語ることはできない。Ashrafの研究は、米国の公開企業という特定のサンプルを対象としており、この結果が、日本の非公開企業や、異なるガバナンス文化を持つ組織に、そのまま当てはまるかは慎重に考える必要がある。

また、この研究は、自動化の「便益」と「リスク」を明らかにしたが、どちらが上回るかという最終的な結論を下しているわけではない。そのバランスは、導入されるテクノロジーの種類や、組織の成熟度、そして何よりも、経営者がこの「諸刃の剣」をいかに使いこなすかにかかっているだろう。

結局のところ、この研究は最終的な答えではなく、むしろ「私たちは、自動化によって得られる効率性と、それによって失われるかもしれない監視機能とを、どのようにトレードオフし、マネジメントしていくべきか」という、より本質的な問いを私たちに投げかけているのかもしれない。

「システムを信じるな、人を信じるな」――自動化時代の新たな監査哲学

では、完璧な答えがないとわかった上で、私たちはこの複雑な問題とどう向き合えばよいのだろうか。

ここまでの話から見えてくるのは、会計自動化時代のガバナンスの核心が、もはや「ヒューマンエラーの防止」という単一の課題ではなく、「テクノロジーへの過信」という新たなリスクにいかにして立ち向かうか、という二重の課題へと進化したという、揺るぎない事実だ。重要なのは、自動化を盲信することでも、拒絶することでもない。人間とテクノロジーが、互いの弱点を補い合い、互いを監視し合う、新しい「信頼と懐疑のバランス」を組織の中に構築することなのかもしれない。

最初のステップ:あなたの組織の「監視の空白」を点検する

  • 私たちの組織では、会計システムの自動化に伴い、監査役会や内部監査部門の役割や機能を見直しているだろうか。

  • 外部監査人は、自動化されたプロセスを、ブラックボックスとしてではなく、そのロジックや限界を理解した上で監査を行っているだろうか。

  • 従業員は、自動化システムが示す結果を鵜呑みにするのではなく、それに疑問を呈し、異常を報告することが奨励される文化にあるだろうか。

次のステップ:チームで「人間とAIの協働監査モデル」を設計する

個人の内省から得た気づきは、チームの対話を通じて初めて、組織の力へと昇華する。以下の論点を、次の監査役会のテーブルに乗せてみてはどうだろうか。

  • 自動化によって削減された監査工数を、どこに再投資すべきか。定型的なチェック業務から解放された監査人は、より高度なリスク分析や、不正の兆候を読み解くためのデータサイエンスのスキルを身につけるべきではないか。

  • AIを、単なるチェックツールとしてではなく、「異常検知のパートナー」として活用できないだろうか。AIが検出した通常とは異なるパターンについて、人間がその背景にあるビジネス上の文脈を深く掘り下げて調査するという、協働モデルは考えられないか。

  • 「システムが完璧である」という幻想を捨て、常にシステムの脆弱性を探す「ホワイトハッカー」のような視点を、内部監査に取り入れることはできないだろうか。定期的なシステムのストレステストや、意図的な例外処理のシミュレーションを通じて、監視の空白地帯をプロアクティブに特定していくべきではないか。

#️⃣【タグ】
会計, 自動化, 内部統制, 財務報告, 監査

📖【書誌情報】
Ashraf, M. (2025). Does automation improve financial reporting? Evidence from internal controls. Review of Accounting Studies, 30, 436–479.