スタートアップや新規事業を立ち上げる際、外部の支援をどう活用すべきか。メンター、インキュベーター、アクセラレーター…。世の中には多種多様な支援プログラムがあふれているが、「どれが自社に最適か」を判断する明確な基準を持つ経営者は少ない。むしろ、支援を受けること自体が目的化し、良かれと思って選んだプログラムが、かえって成長の足かせになってしまうことすらある。この複雑な選択肢の中から、私たちは自社の成長を本当に加速させる支援を、どう見極めればよいのだろうか。この根深く、複雑な課題に、私たちはどう向き合えばよいのだろうか。
なぜ、良かれと思って受けた「支援」が、成長の足かせになるのか?
新規事業のリーダーである佐藤は、革新的なバイオ技術の事業化を任されたが、経営のノウハウがない。目の前には二つの選択肢がある。A社のインキュベーション施設は最新の研究設備が使い放題で魅力的だが、相応の利用料がかかる。一方、B社のメンタリングプログラムは、経験豊富な経営者から直接アドバイスをもらえるが、具体的なリソース提供はない。どちらが自社の未来にとって正しい選択なのか。この決断が、事業の運命を左右するかもしれないと、彼は決めかねていた。
佐藤の悩みは、決して他人事ではない。スタートアップエコシステムの成熟と共に支援の選択肢は爆発的に増えたが、その「中身」は玉石混交だ。多くの起業家や事業責任者は、支援プログラムの表面的な魅力に惹かれ、自社の本質的な課題と支援内容との間に生じる「ミスマッチ」に気づかないことがある。このミスマッチは、単に機会を逃すだけでなく、貴重な時間とリソースを致命的に浪費するリスクをはらんでいる。
キーコンセプト解説
こうした複雑な問題を感情論で終わらせず、構造的に捉えるための「思考の道具」を紹介したい。
支援の「見える価値」と「見えざる価値」
多くの支援プログラムは、オフィス空間や最新の実験設備といった、目に見えやすい「有形資産」の提供をうたう。しかし、事業の長期的な成長の鍵を握るのは、時に専門知識、ネットワーク、ブランドの信頼性といった、目には見えない「無形資産」である。このような資産の分類は、経営学では企業の競争力の源泉を探るための基本的な考え方であり、「リソース・ベースド・ビュー」と呼ばれている。
支援がもたらす「学習」と「橋渡し」
優れた支援プログラムの価値は、単なるリソースの提供に留まらない。一つは、創業者自身が事業運営に必要な暗黙知を学び、意思決定の質を高める「学習(Learning)」の機会である。もう一つは、投資家、顧客、提携候補先といった、自社だけではリーチできない外部の重要な関係者へと繋がる「橋渡し(Bridging)」の機能だ。このような支援の働きは、組織論において、スタートアップが外部環境の不確実性を乗り越え、成長を遂げるための重要なメカニズムとして注目されている。
なぜ、「知恵の提供」は「場所の提供」より資金調達に効くのか?
この問いに対し、米国のライフサイエンス分野におけるスタートアップ865社を、1991年から25年間にわたって追跡したある研究が、示唆に富むデータを提供している。この研究は、物理的な場所を提供せず、経験豊富なボランティアによるメンタリングのみを行うプログラムに参加した企業を対象とした。そして、その成果を、物理的なオフィスや実験室を提供する地域のインキュベーション施設を利用した企業や、何の支援も受けなかった類似の企業と比較分析している。
「知恵」は、数千万ドルの資金に化ける
この研究が私たちに見せてくれるのは、次のような光景だ。メンタリングプログラムに参加した企業は、参加しなかった類似の企業に比べて、累計で平均約1,850万ドルも多く資金を調達していたのである。さらに驚くべきことに、物理的なオフィスや設備を提供するインキュベーション施設を利用した企業と比較した場合でさえ、メンタリングのみを受けた企業の方が平均で約1,620万ドル多く資金を調達していた。特に、ベンチャーキャピタルなどからの民間投資や、連邦政府からの大規模な研究開発資金の獲得において、その差は顕著だった。
この結果が浮き彫りにするのは、投資家が評価するのは、必ずしも物理的な設備やオフィスの見栄えではないという可能性である。むしろ、経験豊富なメンターとの厳しい対話を通じて磨かれた事業計画の質、戦略の妥当性、そして創業者の学習能力といった「無形の資産」こそが、大規模な資金調達の呼び水になるのかもしれない。これは、私たちが支援プログラムを選ぶ際、「何を提供してくれるか」という視点だけでなく、「創業者としてどう賢くなれるか」という視点がいかに重要かを示唆している。
支援は「生存保証書」ではないという現実
一方で、この研究はもう一つの意外な、しかし重要な事実を明らかにしている。あれほど資金調達額に大きな差がついたにもかかわらず、企業の「生存確率」そのものには、メンタリングを受けても、インキュベーション施設を利用しても、統計的に意味のある差は見られなかったのだ。
この発見は、支援プログラムの役割について、私たちの思考の前提を問い直す。支援の真の価値は、企業を無理やり「延命」させることではないのかもしれない。むしろ、質の高いメンタリングは、事業のポテンシャルを客観的に見極める解像度を高める効果を持つ可能性がある。その結果、有望な事業はより多くの資金を得て成長を加速させる一方で、見込みの薄い事業に対しては、創業者が早い段階で市場からの撤退という「賢明な失敗」を決断することを促しているのかもしれない。このことは、支援の成果を、単に「生き残ったかどうか」という単純な指標で測ることの危うさを示している。
その支援は「快適な揺りかご」か、それとも「鋭い思考の砥石」か?
冒頭の佐藤のように、私たちはつい目の前にあるオフィスや設備といった、目に見えるリソースの魅力に惹かれがちだ。しかし、ここまでの話から見えてくるのは、スタートアップや新規事業の成長という問題が、単なるリソース不足の問題ではなく、むしろ「質の高い意思決定能力の欠如」という、より本質的な課題に根差している可能性である。
つまり、この課題を乗り越えるには、「支援とは何かを与えられることだ」という受け身の前提そのものを、一度疑ってみる必要がありそうだ。その上で、自社のリーダーシップチームに、以下のような新しい問いを投げかけてみてはどうだろうか。
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私たちが今、外部支援に本当に求めているのは、短期的な「快適さ」か、それとも長期的な「学習能力」の獲得か?
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検討中の支援プログラムは、私たちのチームがまだ気づいていない「弱点」や「思考の偏り」を、耳の痛いことであっても指摘してくれるような、厳しい対話の機会を提供してくれるだろうか?
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もし、明日から物理的なリソースが一切提供されないとしたら、私たちは自社の「知恵」と「ネットワーク」だけで、どのようにして次のマイルストーンを達成するだろうか?そのために本当に必要な「支援」とは、一体何だろうか?
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参考文献
Clayton, P. (2024). Mentored without incubation: Start-up survival, funding, and the role of entrepreneurial support organization services. Research Policy, 53, 104975.