欧米のリーダーを生むリベラル・アーツとは

(第2回「イノベーションとマネジメント教育」山脇秀樹×藤田勝利×柏野尊徳)

アメリカやヨーロッパの企業に比べて、なぜ日本の企業はイノベーションで遅れを取っているのか。イノベーションを起こすためには、どのようなマネジメント教育が必要なのか。2019年1月18日、ハーバード出身でドラッカースクール前学長の山脇秀樹教授、ドラッカースクールで学んだ経営コンサルタントの藤田勝利氏、アイリーニ・マネジメント・スクールの柏野尊徳が、イノベーションとマネジメント教育について語り合った。第2回は、リーダーを次々と輩出している欧米のリベラル・アーツの現状を山脇氏と藤田氏に聞いた。

リベラル・アーツは「一般教養」ではない

柏野  リベラル・アーツは、日本の大学では「一般教養」と訳されて、少し意味合いが異なっていると感じるのですが。

藤田  訳として、少し合っていないと思いますね。

山脇  私は慶應義塾大学を卒業しましたが、いわゆる一般教養を学ぶ日吉キャンパスの2年間は、無駄だったような、何をしていたかよくわかりません(笑)。遊びに行っていたようなものです。上智大学もそんな感じでしたか?


山脇秀樹

山脇 秀樹 (Hideki Yamawaki, Ph.D)
慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学修士課程修了。1982年ハーバード大学経済学博士号取得。ベルギーのルヴァーン大学経済学部教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院客員教授を併任。2000年よりカリフォルニア州クレアモント市にあるクレアモント大学群(The Claremont Colleges)のピーター・ドラッカー経営大学院教授・伊藤チェアー基金教授。2006年度より同校副学長、2009-12年度に学長を務める。専門領域は国際貿易・直接投資・国際企業戦略並びに産業組織。欧米のビジネススクールにおける初の日本人学長。


藤田  一応教養を重視していると言いながら、「般教」と言えば割と手を抜いているみたいな授業でした。

柏野  慶應の湘南藤沢キャンパスでも、一般教養の中には「楽単」と呼ばれるものがありました。要は「楽に取れる単位」ということですね。

藤田  私がドラッカー・スクール留学中に山脇先生とお話しした時にも、先生が「これからは本当のリベラル・アーツ教育が求められるようになるだろう」と言われていたのを強く覚えています。

山脇  リベラル・アーツは、ドラッカーを引用すると、人間の本質を研究する学問です。哲学、歴史、芸術、文学、宗教学、社会学など、幅広い知見をもつ必要があります。深く学ぶことによって、人間の行動が何となくわかってきます。

柏野  経済学部の学生からすれば一般教養の哲学や倫理学は一見すると関係ないと思うかもしれません。でも、道徳哲学者でもあったアダム・スミスの著作を読むと、人間や社会ををどう捉えるのかという考察と共に経済があるので、ものすごく関係がありますよね。

山脇  経済学は理論だけでも構築できますが、歴史、哲学や社会学をあまりに知らないという状況では駄目です。最近は法学から政治学まで理解していないと、経済学はわからないと思うようになりました。経済学の課題は実社会そのものですから

リーダーを輩出するリベラル・アーツ・カレッジ

藤田  そもそも、日本ではリベラル・アーツ・カレッジは知られていませんよね。


藤田 勝利 (Katsutoshi Fujita)
1996年上智大学経済学部卒業。住友商事、アクセンチュアに勤務後、アクセンチュアの先輩が立ち上げたベンチャー企業に参画。2002年からピーター・ドラッカー経営大学院に留学、04年に経営学修士号を取得。専攻は経営戦略論とリーダーシップ論。帰国後は2社の組織変革プロジェクトに従事。IT系企業の立ち上げと経営に参画後、2010年に経営コンサルタントとして独立。「マネジメント」「イノベーション」を軸に、次世代経営リーダーの育成と、コンサルティングとコーチングを融合した独自の「経営教育事業」を展開している。


山脇  アメリカには私立の4年制のリベラル・アーツ・カレッジがたくさんありますが、日本では知られていません。ドラッカースクールがあるクレアモントの大学群のひとつがポモナ・カレッジ(※1)です。ある時、日本の留学エージェントの人に紹介すると「コミュニティーカレッジですか」と言われました。

藤田  日本では公立の2年制大学のコミュニティーカレッジの方が知られているんですね。でも、アメリカのリーダーはリベラル・アーツ・カレッジ出身者の割合が多いので、最近また評価が高まっているのではないですか。

山脇  それはあります。

藤田  オバマ前大統領もそうですし、中退ですけど、スティーブ・ジョブズもそうですね。ヒラリー・クリントン元国務長官もそうですか?

山脇  ヒラリー・クリントンはウェルズリー(※2)です。女子だけの4年制のリベラル・アーツ・カレッジで、アメリカでは最も多くの女性のリーダーを輩出しているところです。

藤田  リベラル・アーツ教育とリーダーシップはどこかでリンクしそうですね。

山脇  CEOレベルでも政治家でも、ウェルズリー出身は多いです。ウェルズリー出身者がなぜこんなに幅広い分野で活躍できるのかと聞いたところ、何か特別なことを教えているわけではなく、ディスカッションの仕方などが根本的に違うそうです。リーダーシップが学生個人のDNAになるという教育ですね。

藤田  それはすごいですよね。日本にそういう大学はないでしょうね。

山脇  ディスカッションしている姿を見て、恐怖や戦慄を感じる。そういう人たちばかりだから、自分もそうならないと、と思ってやるわけです。アイビーリーグ(※3)の大学も同じような雰囲気です。

柏野  ポモナ・カレッジもリベラル・アーツ・カレッジの中で評価が高いですね。2017年の「Forbes Top Liberal Arts College」では1位でした。

山脇  全くPRしないので、知る人ぞ知る、という状態です。

藤田  いま日本でも話題になっているミネルバ大学(※4)というサテライト系の大学も、本部はクレアモントですね。基本的にはキャンパスがなくて、7都市を移動しながら学ぶという。倍率が100倍と言われるくらい人気が上がって、入りにくいみたいですね。

柏野  すると、人気のある大学は、社会的需要が高いにもかかわらず、一部の人にしか教育機会を提供できない、ということが構造的に起きますね。エリート教育も重要ですが、チャンスがなくて機会に恵まれなかった人たちに対しても、何かできる社会になっていくといいですね。

山脇  そうですね。社会全体から見ると、トップの教育機関がエリートを養成するのはいいけれども、その次かその次くらいのレベルを太く強くするのも重要なパターンです。

ウェルズリー・カレッジ  Wellesley College
Image by Jared and Corin [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

高校でリベラル・アーツを学ぶドイツ

柏野  ヨーロッパはどのようなシステムですか。

山脇  例えばドイツは、私立の大学も少しはありますが、基本的には公立です。昔、100マルク、10000円くらいの値上げを巡ってストライキをしていましたね。

藤田  10000円でストライキ(笑)。

山脇  基本的には授業料はゼロです。ベルギーもそうでした。ある一定のレベルの学力があれば、誰でも入学できますが、2年目でふるいにかけられます。進級できないとそこで終わり。ヨーロッパは大体そういうシステムです。エリート教育では、フランスにグランゼコール(※5)がありますね。

藤田  カルロス・ゴーンが通っていた。

山脇  そうです。普通の成績の人が通うのがユニバーシティで、もっと優秀な人はグランゼコールに行くようです。

藤田  ヨーロッパでは、リベラル・アーツ教育は伝統的に行われているのですか。

山脇  ドイツの高校、特にギムナジウムではリベラル・アーツをしっかり学んでいます。ヨーロッパの人々は、自分たちの歴史を理解するために哲学や宗教学を知らないといけないですから、教養が必然的に深くなりますね。しかも、ラテン語も学んでいます。

柏野  ラテン語の学習はヨーロッパにおける教養の一つですね。高校時代、イギリスのスコットランドに留学していましたが、仲の良かった友人は、オックスフォードで古代史や哲学を専攻していた先生からラテン語を学んでいました。ラテン語は実務で全くと言っていいほど役に立たない知識なので、高校や大学で古代ギリシャ語やラテン語を学んでいる人は

「裕福な家庭に育っている」「伝統に対する敬意を備えている」というシグナルとして機能することが時にあります。この辺りはアメリカの教育観と少し違うかもしれません。


柏野 尊徳 (Takanori Kashino)
慶應義塾大学総合政策学部入学後、3年次に1年間飛び級し同大学院政策・メディア研究科修士課程へ入学・修了。専攻はイノベーション・マネジメント。4回の起業と17回の新規事業創造を経験。スタンフォード大d.schoolにて、イノベーション手法:デザイン思考を学ぶ。同大学発行の関連テキストや動画、計7教材を監訳し、Web上で無料公開。累計ダウンロード数は16万部超え。岡山大学大学院で3年間の講義を担当後、2013年に一般社団法人Eirene Universityを設立、代表理事就任。スタンフォード大講師との共同トレーニングコース提供や、新事業/製品/サービス開発のコンサルティング、企業研修を実施。


エリートの本来の意味は「人の役に立つ」

山脇  アメリカの高校はいろいろなタイプがあって、レベルの差もあります。高校は4年制で、公立高校で良い大学を目指す人は地区内のインターナショナル・バカロレア(IB)・プログラムがある学校を選びます。優秀な学生が多いですよ。たまたま機会があってアドバンスト・プレースメント(AP)・レベルの授業を見たら、経済学では昔、学部3年の時に習ったのと同じレベルの経済原論を教えていました。

柏野  日本の教育制度とはかなり違う側面がありそうですね。

山脇  アメリカには私立のいわゆるプレップスクールもあります。全寮制で、アイビーリーグ等の一流大学に入るための予備校みたいな高校です。裕福な家庭の子が通う学校で、ブッシュファミリーや、ケネディファミリーに代表されますね。

柏野  そういう学校にうことがエリートへの道になるでしょうか。

山脇  アメリカでエリートになるためのルートにはなっています。

柏野  エリートの語源はラテン語で「神に選ばれた者」という意味で、なぜ神に選ばれるのかと言うと、それは自己の命を捧げて他者に貢献する、という側面があります。日本の文脈で簡単に言えば「人の役に立つ者」という意味です。そういう意味では、エリートもリーダーも出自の良さや地位の高さではなく、「世の中のために何をしたか」のみで評価されるべきですね。本来のエリートやリーダーとしての視点を養うためにも、リベラル・アーツの発想は重要だと思います

(第3回に続く)

※1 ポモナ・カレッジ   Pomona College。カリフォルニア州クレアモントにある私立大学。

※2  ウェルズリー・カレッジ  Wellesley College。マサチューセッツ州ウェルズリーにある私立の女子大学。

※3 アイビー・リーグ  アメリカ北東部にある名門私立大学の総称。ハーバード大学、イェール大学、ペンシルバニア大学、プリンストン大学、コロンビア大学、ブラウン大学、ダートマス大学、コーネル大学の8校。

※4 ミネルバ大学  Minerva Schools at KGI。2014年に開校。キャンパスは持たず、授業はオンラインで受講する。

※5 グランゼコール  実務的な特定の職業人を養成するフランスの国立教育機関の総称。

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